▼ていとへ

私達は洞窟から村へ帰還した。黄瀬さんは何だか腑に落ちない様子でいる。町長さんに報告する際もそうだった。

「魔物も減ってきたみたいだ。様子を見に行ってくれて有難うな。…帝都付近は物騒だったから、これで収まるといいが…。まさか、なあ?」
「……」

 黄瀬さんは町長さんのよく分からない問いに、笑顔を作って頷いた。それを見て安心したよう町長さん。…何を聞いていたのか尋ねたかったが、町長さんに背を向けた黄瀬さんの顔が強張っていたため、口を閉ざした。
 その後、街の教会までやってきた。首飾りに施してあった魔法、今使われている魔法を見て貰うためだ。黄瀬さん達は魔法にうといらしいので、この街で一番魔法を知っている神官の森山さんに見てもらう。
 森山さんは何故か私と話をしたい様子だったが、真剣な黄瀬さんの表情におされて、しぶしぶと『アナライズ』の魔法を使った。

「マモノ寄せの呪いがかかってるな。すげー魔力だ。…いたずらにしてはやり過ぎだな」
「それってもう解けたんじゃないんスか?」
「いや、今施されている魔法でかろうじて抑えてる程度だ。…見たことない魔法だが、黄瀬がやったのか?」
「…まぁ」
「煮え切らない返事だな。まぁいいや、用は終わっただろ?そこの彼女を紹介しろ、黄瀬」
「…だから、さんを教会に連れてきたこと無かったんですね」

 森山さんは私と仲良くなりたいようだ。名乗ろうとしたが、黄瀬さんに止められる。

「彼女は俺の大事な人ッスから紹介できませんっ。じゃっ!有難うございましたー。あっこの事は口外しないで下さいね〜」
「おい待て黄瀬ェ!!」

 黄瀬さんに肩をつかまれると、そのまま回れ右をして教会を出た。無言のまま家へ帰る。玄関の鍵をしめると、黄瀬さんは大きく息をついた。青い顔のままだ。

「…あの、っち」
「黄瀬さん、もしかして私、何かマズイ事をしたんでしょうか」
「…っううん、そんなことない。っちは何もしてないよ。寧ろ、すっげーいい事をしたんだから」

 私があの魔法を使った事、それが何かに繋がっていることを知っているんじゃないだろうか。でも黄瀬さんは笑顔で首を振って、私の肩に手をあてる。彼が何か知っているとしたら、私にちゃんと伝えてくれる筈だ。…何も分からない。でも、そのままでいいような気もした。

「あの魔法のやり方分かったし、…しばらく家を空ける決心、ついたし」
「黄瀬君…?」
「付近の村なんかもココと同じ状況だって、俺知ってたんス。…でもこれが原因だとしたら、放っておけない」

 黄瀬さんは覚悟を決めたような目をしていた。途方も無い戦いに赴くような、そんな感じがした。だったら、私も彼の力になりたい…。

「村にいる他のキセキと会ってくる」
「…私も」
っちはここにいて!」

 何故か強い口調だった。おもわず身を強張らせる。それをみた黄瀬さんは、はっとして、「ごめん」と小さく謝った。

「…っちは、ここにいて。この街から出ない方がいい。危険だから…」
「……はい」
「笠松さんに話をしておくから、ここでの生活は困らないようにするから、ね」
「…」

 最後は黙って頷いた。それを見て、黄瀬さんの表情が少し解れた。
 黄瀬さんは、それから旅の準備をして、海常を出て行った。黒子君と一緒に街の入り口まで黄瀬さんを見送った。黄瀬さんは一度だけ振り返って手を振った。その後はずっと、真っ直ぐ道を進んでいった。

**

「何も、身に入りませんよね」
「…そうですね」

 とりあえずリビングに行き、ソファに座ってみたものの、黄瀬さんの事が気になって、何もする気が起きない。居心地が良かった空間なのにそわそわしてしまう。黒子君も隣で本を読んでみたようだが、すぐに本を閉じてしまった。

「…黄瀬さん、大丈夫ですよね」
「えぇ、あれでも彼はキセキの一人ですから、大丈夫でしょう」
「…ですよね。きっと、大丈夫ですよね」

 おもわず黒子君に黄瀬さんの力を確かめる。それを聞いたら会話が終わってしまった。しんとするリビング。それに呼応するようにぽつぽつと外から雨が落ちる音が聞こえてきた。私はおもわず立ち上がる。窓の向こうを見つめた。

「黄瀬さん…」

 彼、雨に打たれながら、キセキの友達がいる村に向かってるんだ。…ひとりで。私は着いていかない方がいいと言われていた。足手まといだし、ここにいた方がいいのは分かっているけれど、体は彼に着いていきたいと動きたがっていた。黄瀬さんは強いと分かっているのに、なんだか不安で仕方ない。それに洞窟から帰る際からの黄瀬さんの態度、あの魔法を使って驚いていた。あの首飾りが私の記憶の手掛かりではないのだろうか。黄瀬さんは私を首飾りから遠ざけたいように見えた。気のせいだろうか。

「雨、降ってきましたね」

 黄瀬さんを疑うような事を考えていた。黒子君のその一言で私は「今」に戻された。窓の外は大雨になっていた。

「そう、ですね…」
「何を考えていたんですか?」
「…いえ、別に…」

 相変わらず無表情の彼に見つめられる。悪い事を考えていた分、目を逸らしてしまった。ざあざあと雨の音が部屋をこだまする。

「あの黄瀬君の態度、おかしいと思いませんでしたか?」
「――!!」

 ぎくり、と体が固まる。それを見て「思ったんですね」彼は微笑んだ。

「…あの首飾りに、貴方のあの魔法。記憶に関係がある筈だというのに、黄瀬君は貴方を遠ざけた。少し、おかしいと思いませんか?」
「……」

 おかしい、か。…彼を疑いたくない。何か理由があって黙ってるのかもしれない。
 でも、私は自分のことを知りたい。目線を落とすと、黒子君は私の肩に手をあてた。

「首飾りの事、調べてみませんか?さん」

 黒子くんの言葉に、何故か体が震えた。

**

 黒子君は帝都の図書館に行きましょう、と私を誘ってくれた。
 私は黄瀬さんに留守を任されている事を理由にその返事をしぶっていた。それに、黄瀬さんのあの態度で、知ってはいけない事のような後ろめたさがある。だがそれ以上に、心中ではそうすれば何か自分の事が分かるかもしれないという高揚感でいっぱいだった。彼の説得によって帝都へ向かうのは時間の問題だったといえる。
 雨は依然として止まない。雨よけのマントが必要だ。私達は出発の準備をした。
 そして、村を発つ際に笠松さんに一言言い残していこうと、装備屋に向かった。
 カランとベルが付けられているドアを開くと、笠松さんは装備の手入れをしていた。こちらに気づいて視線を向けた後、再び手入れを続ける。

「おう、お前ら。黄瀬から頼まれてたけど、早速なんかあったのか?」
「私達、帝都に行こうと思ってます」
「……留守を任されてすぐ出かけるのか?…何しに?」
「記憶の手がかりを調べるために、です」
「…そうか」

 手入れの手を止め、こちらを見る笠松さん。何か考えるように視線を上に向けると、「じゃあ門限でも決めるか」と言った。

「門限って…」

 黒子君が呆れたように呟く。

「うるっせえ。…黒子、おめーが保護者だ。を遅くまで帝都にうろうろさせるんじゃねえぞ。そうだな…夜の7時までに帰って来い」
「はぁ」
「返事は『はい』!」
「…はい」
「お前らは、黄瀬に信用されてんだ。家を任されたんだ。…あんま黄瀬を心配させるよーな事するんじゃねえぞ」
「は、はい!」

 黄瀬さんに信用されている。笠松さんのその言葉に、胸が高鳴った。背筋をぴんと張り、返事をする。そうか、私達、大事な家を任されてるんだ。…黄瀬さんが笑顔で帰ってこられるように守っていないと。
 …あの首飾りの事を知って、何が起きるかなんて考えないまま、私達は帝都へ向かうことになる。

ざわぁ。
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