▼たたかううんめい
先程町長さんらしい、体格のいいおじさんに呼ばれたと思ったら、戻ってきて、面倒くさそうな顔をしている。何かあったのだろうか、黄瀬さん。ソファでため息をついている黄瀬さんに声をかけた。
「あの、何かあったんですか?」
「っち…あぁ、いや別になんでもないッスよ」
「なんでもない顔ではありません。よければ、話して欲しいです」
隣の席に座ると、黄瀬さんを凝視する。暫くすると彼は「様子を見てきて欲しいんだって」とぽつりと呟いた。
「何の、ですか?」
「近くの洞窟ッス。…なんでも魔物がそっから出てきてるんじゃないかって言ってて」
魔物は確かに増えている気がする。黒子君と外に出たとき、私もそう感じた。最初にここに来た時と比べると、あきらかに徘徊している魔物の数が違うと思った。
黄瀬さんの表情はさっきよりかは、いつものようになった。
「気になるなら自分で見に行けばいいと思ったんスけど…まぁいっか」
「人任せなのは良くないですけど…。黄瀬さんは強いから絶対大丈夫だと思って言ってくれたかもしれませんね」
「自分は危険をおかしてまで、行きたくないってやつ?」
皆が安心して頼めるからであって、そういう訳では…でもそうとられても仕方ないか、今のは…。黄瀬さんは自嘲するように笑う。それに慌てて何か言おうとした時だ。
「誰だって、自分が一番可愛いですからね」
「黒子君…!」
ついさっき居間に入ってきた黒子君が、会話に入ってきた。黄瀬さんをムカムカさせる事をさらっと言う。無表情で、なんて事を。
「そうッスよね…はぁ…なんかムカつく」
「…じゃ、じゃあ、私が行ってきますよ!ぱぱっと見に行ってきます」
「それは駄目」
手を鳴らして、我ながら良い提案をしたと思えば、黄瀬さんが真剣な顔でそれを止めた。何でだろうと、目を瞬きさせる。
「…女の子一人、行かせられねーッス…」
「そういうもの…ですか」
「じゃあ黄瀬君は、嫌な言う事を聞いて、行くんですか?」
「……っ」
黒子君は、さっきから酷い事ばかり言っているような気がする。…そりゃあ、的を射たことを言っているけれど、それでも大切な人には、人を悪く思って、嫌な思いをして欲しくないはずだ。…私の勝手な思いかもしれないけど。
「…大丈夫です。私頑丈だし、黄瀬さんのおかげで強くなれました」
「っち…」
「だから、何も気にしないでほしいんです。…黄瀬さんには、笑っていてほしいです」
黄瀬さんの顔がくしゃりと歪んだ。そんな顔、して欲しくないのに。
私は立ち上がると、黒子君の横を通り、ここを出ようとした。
「じゃあ行って来ますね」
「僕もついていきます。場所、分からないでしょう。案内します」
「なッ…!!」
黒子君がついていこうとする。それを見た黄瀬さんが立ち上がる。
「……〜ッ俺も行くッス!黒子っちだけじゃ不安ッス。…っちが、前みたいな目に合わないように、俺が、守るッス」
「…黄瀬さん」
「準備してくるから、ちょっと待ってて!」
廊下に出たところで、黄瀬さんが居間から飛び出して、自分の部屋に行ってしまった。多分、装備を準備するのだろう。黒子君と私が残される。私は黒子君に話しかけた。
「黒子君…黄瀬さんに、人を悪く思わせるような事、言って欲しくないです」
「そんな事を考えて言った訳ではないです。ただ、嫌な事はやらない方がいいでしょう?」
「…そうかも、しれませんが…」
「貴方と同じで、黄瀬君の事を思って言っているだけです」
黒子君はそう言って、微笑んだ。複雑な思いになったが、黒子君も装備を整えに部屋にいってしまったので、この話は終わる。
**
「っちの武器、錆びてて使えなかったよね」
「という事でそれを置いて、装備屋に来ましたけど…」
「これなんかいいぜ、軽くて扱いやすいし!」
「…笠松さんが久々の装備を買う客が来て、嬉々としてますね」
「色々オススメされてっちが困ってるッスよ、笠松さん」
「うるせえ!お前には用はない!俺は彼女に用があるんだ!」
笠松さんが私にスマートな斧を合わせる。斧を推してくる笠松さんに、黄瀬さんがまた口を出す。
「…それを女の子が使うって…、ちょっとねーッスよ」
「おめーに聞いてねぇよ!」
「もう少し可愛い武器ってないんスか」
「ねえよ!」
二人がぎゃあぎゃあ言い出しあってしまった。私は、おずおずと手をあげる。
「ちょっとその斧持ってみてもいいですか?」
「え!?っち!?」
笠松さんが黄瀬さんにどうだ!といった顔をみせる。私は斧をうけとると、軽く手を振る。…しっくりくる。
「これぐらいの重さが丁度いいかも…」
「女戦士が好んで買っていたものなんだ。…も戦士タイプみてぇだな」
笠松さんは満足げに頷く。黄瀬さんは「えー」と残念そうに私を見る。ベルトについていたポーチから小銭いれを出すと、それからお金を払った。早速しょい込むと、「白いローブとギャップがあって、これもこれでいいかも…」と黄瀬さんが呟いた。
**
「…前見た時、ピンクの柄の可愛い細剣があったんスけどねえ」
「凄い目立つ気がします…」
などと言う黄瀬さんの可愛い武器談義を聞きながら、私達は洞窟の前に着いた。途中、魔物が襲ってきたが、主に黄瀬さんが真っ先に倒していく。
「…この中、魔物の気配が多い気がします…」
「確かにそうッスね…」
声を落として話しながら、黄瀬さんが松明に火を灯し、先頭に洞窟に入っていく。洞窟の中は暗く、じとじとしている。灯りがある方が辺りが見えやすかった。
「ちょっと強い魔物が住み着いたんスかね…」
「それで、魔物が増えたんですか?」
「強い魔物にひかれて魔物はやってきますからね」
黄瀬さんが黒いコウモリのような魔物を片手剣でなぎ払っていく。1匹か2匹、こぼれた魔物を斧でトドメを刺す。これが暗かったら、全然魔物も見えないだろう。黒子君は私達の一方後ろを歩いているが、何故か魔物にあまり襲われていない。
「何で黒子君の方に向かってこないんですかね」
「黒子っちは影薄いッスからね…魔物も気付かないんじゃあ」
「そ、そうなんですか…?」
振り返ると、何も気にしていないような顔の黒子君が口を開いた。
「もうそろそろ、奥じゃないですか?」
「そッスね…ん、あれ?」
「…行き止まり?」
黄瀬さんが「おかしいッスね」と呟く。見ると、道はここで途絶えており、石が積みあがったような壁に阻まれていた。壁に近づこうとする私達だったが、壁が動いたような気がし、足を止める。
「…もしかして…」
黄瀬さんが何か言い終わらない内に、壁がみるみる内に、石を動かし、何か形を作っていく。
みるみる内に大きな、寸胴な人のような形になっていく。
「な…なんですか。これ」
「…ゴーレム…いや、でも何でこんな所に…」
黄瀬さんは頭を振る。余程この魔物がここにいる事が信じられないようだ。ゴーレムは体の中から、雄たけびのような音をあげる。天に腕をかざす。
「考えてる暇はないみたいですよ」
黒子君が冷静に言う。ゴーレムは私達に気付き、敵意を示している。
「どうしますか。黄瀬君」
「やるしかないっしょ…コイツが原因みたいッスからね!」
「黒子っちサポートお願い!」黄瀬さんが続けて黒子君に声をかける。それを聞き、黒子君が詠唱しはじめる。
『汝らへ力を与えたまえ。…パワーオブラブ!!』
「!!」
『堅き守りとなれ。まもってあげるね!』
「サンキュッス」
ぱわーんという効果音と共に、私達に暖かい光が降り注ぐ。確かに力が沸いてきた。それに頑丈にもなった気がする。黄瀬さんが早速、ゴーレムの足元に行き、足を切りつける。しかし、黄瀬さんを踏みつけようとゴーレムが足をあげる。黄瀬さんはすぐさま転がってそれを回避する。
「埒が明かないッスね…!」
黄瀬さんが私達をかばいながら足元に攻撃を続ける。しかし、ゴーレムは依然として足や手を振り上げ、ダイナミックな攻撃を繰り出してくる。体力は減っているのだろうか。黄瀬さんの額には汗がにじんでいる。このままでは彼が…。
「私も戦います!」
「っち!?」
おもわず黄瀬さんの隣に飛び出した。斧を構える。
「無茶ッスよ…俺がなんとかするからっ!」
「黄瀬さん、魔法使ってないですよね?あれなら効きそうじゃないですか?」
「だって、あれは詠唱する隙が…あっ!」
「なら私が時間を稼ぎます!」
「っち!」
黄瀬さんの前に出て、後ろ手で彼を後ろへ押す。納得してくれたのか、彼は呪文を唱え始めた。私はゴーレムに向かって斧をかざす。相手だと認識したのか、ゴーレムはこちらへ向かってきた。振り上げた拳を私が居た場所へ振り下ろす。走ってそれを避けた私は、足元で斧を振りかぶって力を貯める。隙が大きいゴーレムだから出来ることだ。最大限まで力を貯めた私は、足元に一撃を食らわせた。ゴーレムがバランスを崩す。
「黄瀬さん!!」
「OKッスよ!離れてっち!」
黄瀬さんの方を振り向くと、魔法が完成したのか、紫色の魔方陣が彼の足元に展開されている。私がゴーレムから距離をとると、黄瀬さんが集中するように目を閉じた。
『紫電の檻よ来たれ!!インディグネイション!』
派手な魔法だった。ゴーレムを覆う程の雷の檻が出現した。激しい光と音が飛び込んでくる。ゴーレムは野太い叫び声をあげた。体を形作っていた岩達が砕けていく。さながら岩雪崩れのようだ。足元近くまで崩れた岩が広がった。どれも焼け焦げている。
「黄瀬さん、すごい!」
「いや、っちがすごいって!……でも上手くいってよかったぁ」
はぁと大きく息をはいた黄瀬さんに黒子君と駆け寄る。このまま喜んでいるつもりだった。それなのに、解決した筈なのに、胸にざわざわとした違和感が残っているのに気付いた。私は辺りを見渡す。すると、ゴーレムが塞いでいた道の向こうに、何か落ちているのに気付いた。
「…あれは、何でしょう」
黄瀬さんも額に少し汗をにじませて、不安げな顔をしていた。黄瀬さんと黒子君は、私の向いているほうを見る。
私は先に足を進め、その物体のすぐそこまで来た。この辺がやけに空気が重い。胸に手をあてた。そこにあったのは、金色の首飾りだった。黒い宝石が何個もちりばめられている。恐る恐る手を伸ばして拾ってみると、体が重たくなった。全身に何かが駆け巡っていく。苦しい。何も分からない己が嫌になる。誰も助けてくれない事に、無性に腹が立ってくる…。おもわず手を離した。深く呼吸をする。
黄瀬さん達も近くにきて、地面に落とした首飾りを覗き込む。
「っち…?どうしたんスか?」
「…この首飾り、なんか変です…」
「え?どういう事?」
黄瀬さんが首をかしげた。黒子君は黙って首飾りをみている。
「なんというか…これを持ったら、色んなことが嫌になるというか…?」
「っち?…ん?この首飾りどっかで見たような…」
ふいに何か、思い出しそうになった。洞窟の天井を見上げ、ぼやぼやと輪郭がみえない記憶を呼び起こそうと必死になる。…何か言葉の断片が浮かんでくる。
「っわぁッ…!?」
「あっ!!」
何かが地面に落ちる音が拍子で、思い出した。
『悪しき力よ、ひとたびの眠りに落ちろ、崩魔陣(フロウ・ブレイク)』
あぁ、これだ。あやふやだったものが、確かなものに変わる快感を味わう。ほう、とため息をつくと、重かった空気が徐々になくなっていくのを感じた。おもわず首飾りをみると、清いような、白いオーラに包まれていた。いつの間に、と首を傾げると、黄瀬さんと黒子君が私を信じられないものを見るかのように見つめていた。
「あ、言葉を思い出したんです。…記憶の手掛かりになるのかわかっ」
「さんが今のをやったんですか…?」
「え?」
黒子君が驚きの声で私の報告を遮る。間の抜けた声をあげる私。
「聞いた事ない魔法ッス…。重たい空気も消えてるし、何で…?」
「あ、あのう」
今思い出したのは呪文だったようだ。それを口に出した途端、魔法が出てしまったということか。黄瀬さんがしゃがんで首飾りを手に持つ。
「…全然、さっきの嫌な感じがしない…」
「本当ですか?…何でだろう?」
…私は呪い?のようなものを解く、神官でもやっていたのだろうか?でも、魔法なんてよく分からないし、力だけは有り余っているから違うと思った。だが、先ほどの呪文は体に馴染んだように出てきたものだった。
黄瀬さんがさっきから顔を青くさせているのに、私は嫌なふうに心臓をドキドキさせていた。何か、まずいことでもしてしまったのだろうか…。
「…っち…、…かえろっか。黒子っちも」
「あ、はい…」
「…分かりました」
黄瀬さんは首飾りを持って立ち上がると、入り口の方へふらふらと歩く。不安なままそれに着いていくと、黒子君が「大丈夫ですよ」と言ってくれた。何に対して大丈夫なのだろうか。でも気遣いの心は感じられた。
「有難うございます…」
「いえ」
黒子君の方を、すがるように向いてしまった。すぐに後悔した。彼もまた、視線を落として、何か思案するような表情をしていた。
ざわ…ざわ…。