▼おはなし

「……」
「何か用ですか?黒子君」
「いえ、よくそんなに料理出来るなぁと思って」
「記憶は無いのに不思議ですよねえ」

 肉じゃがを作るため、ピーラーを使ってジャガイモの皮を剥く。その様子をじっと黒子君は隣で見つめる。正直気恥ずかしい。

「いえ、そういう意味ではなく…僕が料理できないので」
「そうなんですか?」

 そういえば以前の「料理担当」は黄瀬さんだった気がする。なるほど、だからか。

「手際が良くって、凄いなぁと」
「…黒子君もやってみませんか?」
「えっ」

 凄いなぁと言うものだから、やってみたら?という気持ちになり、つい口にしてしまった。そうしたら戸惑いを含んだ「えっ」を返されてしまった。

「あ、嫌なら、無理にとは…」
「…試しにやってみます」
「おおっ」

 じゃあ、とピーラーを渡す。そしてシンクに置いたジャガイモを手に取る黒子君。横でファイト!と念を送る。ピーラーをじゃがいもの上の部分から、すっと引く。

「…あ」
「剥けましたねー」
「ですね」

 てろんと、皮が落ちた。黒子君は目を輝かせた風に見えたが、すぐにハッと目が覚めたように、顔をこわばらせた。

「黒子君?」
「あ、いえ…ジャガイモって剥けるものなんですね」
「そうですね。…黒子君、良かったら手伝っちゃったりしちゃいますか」
「はい」
「有難うございますっ」
「ここにあるものを全部片付けたらいいんですね」
「はい」
「何が出来るんですか?」
「出来てからのお楽しみです」
「そうですか」
「ええ」

 ふいに視線が後ろから浴びせられている事に気づく。何事かと、ばっと振り返ると、そこにはドアからこちらの様子を覗いてみている黄瀬さんがいた。…えっと。心なしか、甘いものを食べた時のように表情を蕩けさせている。

「黄瀬、さん…?」

 私が振り返ったまま硬直しているのに気付いた黒子君も、振り返る。そして顔をしかめた。

「あ、続けて構わないッスよ!」
「どうして覗きみてるんですか?」

 首を傾げると、頭をかきながら黄瀬さんは、未だに覗きみる姿勢のままで、こう答えた。

「いや、微笑ましいな〜、可愛いなぁ〜って…」
さんは女性ですから、分かりますけど、僕も『可愛い』に入るのですか?」
「うん」
「……」

 あっ黒子君が怒っている。あきらかに不愉快だと、眉をこれでもかと曲げている。慌てて黒子君に何かフォローしようとするが、何も浮かばない。

「黄瀬君、出てってください」
「え!?ええ〜嫌ッスよ。一応ここの家主ッスよー!」
「な、何だか見られているままというのも、気恥ずかしいので、ちょっとお引取り願いたいです…」
っちまで!?」

 黄瀬さんが口に手をあてている。その内「酷いッスぅ」と何か呟きはじめた。

「あ…黄瀬さ」
「放っておきましょう。その内立ち直ります」
「そうなんですか?」
「はい」

**

っち、買い物についてきて欲しいッス」
「いいですよ」

 格好をきめている黄瀬さんが居間で本を読んでいた私に声をかけてきた。ちなみに読んでいる本は黄瀬さんのもので、新品の「地理入門」の本だった。本を閉じて机に置くと、そのまま玄関に出ようとした。

「ちょっと待ったー!そのまま出るのは駄目ッス!」
「どうしてですか?動きやすいのに」

 私の今の格好は、簡単なシャツに動きやすいズボンを着ている。一体何が駄目なのだろうか。

「女の子なんだから、お洒落しないとっ!買った服あったじゃないスか」
「もったいなくて、使えなくって…それに、どう着たらいいのか分かりません」
「俺が見立てるッス!」

 黄瀬さんは嬉々としながらそう言った。

**

「タイツはいてー、このパンツに、このブラウスをあわせたら、絶対可愛いッス」
「はあ」

 黄瀬さんが私の部屋のクローゼットから引っ張り出したのは、黒いタイツと、ベージュの半ズボンと、フリルがあしらわれた紺色の服だった。何故黄瀬さんはこんなに表情を輝かせているのか。…聞かないでおこう。

「じゃあ着替えますね」
「俺がいる今ッスか!?恥じらいをどこに置いてきたんスかぁぁ!!」

 よし、と今着ているシャツに手をかけると、黄瀬さんが派手に叫びながら、顔を手で覆った。何気に指の間から薄目を覗かせている。

「え?」
「女の子は男の前で着替えるもんじゃないんス!!」
「そうなんですか」
「そうなんスよ!!」

 またひとつ知識を深めた気がする。

**

「どっかいきたいッスよね。街だけじゃつまんないッスよね」
「そうでもないですよ。ここ、とても楽しいです」
「僕も別にいいので、この話はなかったことに」

 ソファで相変わらず私は「地理入門」を読んでいた。もう少しで読み終わりそう。その隣では黒子君も本を読んでいる。小説のようだ。後で見終わったら見せてもらおう。そう思っていた時、黄瀬さんが居間へやってきて、こう言い出した。部屋着ではなく、余所行きの格好をしている。
 この街は楽しい。黄瀬さんと黒子君がいるから、とても。その言葉を伝えると、黒子君も本をみたまま、私の言葉に同調(?)した。黄瀬さんは涙目になった。

「えー!?どっかいこうよぉー!」
「外は魔物がいるんじゃあないですっけ」
「俺がっち守るから問題なし!」
「…どこに行く気なんですか」
「帝都ッス!」

 帝都…。話に聞いていた、この大陸の都市だ。もしかしたら私の事を知っている人が居るかもしれない所。それに、剣を鍛冶してもらえると言っていた所だ。おもわず「行きたいです!」と手をあげて黄瀬さんに賛成する。

っちもいれて多数決で行く事に決定ッスね!」
「多数決で決めるなんて卑怯です。黄瀬君」
「なんとでも言えばいいッスよ〜」

 黒子君は不服そうだ。目を細めて黄瀬さんを見る。黄瀬さんは私と両手を合わせて、嬉しそうにしている。その間に笠松さんが庭から窓を開けて入ってきた。黄瀬さんは気付いていない。

「俺も行こう」
「ぎゃッ!?か、笠松さん!?」
「丁度通りかかったとき、帝都がどうの言ってたから勝手にあがらせてもらったわ」
「こんにちは笠松さん」
「おう」
「何普通にっちと挨拶してんスかぁ!」

 黄瀬さんがやっぱり涙目で笠松さんに立ち向かう。それに「うるせー」と膝蹴りを繰り出す笠松さん。ぎゃいぎゃいと騒がしくなった。黒子君がとてもうるさそうにしている。まだ本を読んでいる。いい加減読むのを諦めてもいいんじゃないかな、と思った。

「俺も帝都へ仕入れに出かけねーといけねぇから、ついてくからな」
「分かったッスよぅ…じゃあ準備出来たら街の入り口に集合で」
「お前、何十分もかけんなよ、五分でこい」
「俺はもう準備出来てるッス」

 笠松さんはそう言葉を言い残すと、店の方へ戻っていった。私も着替えなければいけないようだ。黒子君もしぶしぶ立ち上がると、部屋へ歩いていった。

**

 買ってもらったワンピースを着て、三人で入り口まで行く。何故か黄瀬さんがサングラスをかけている。少し知らない人に見えてドキドキだ。入り口では、笠松さんがすでに待っていた。荷車も傍においてあった。黄瀬さんがそれを見て、ダサイとかなんとか言いながら顔をしかませているが、笠松さんはそれを引いてついてくるようだ。外に出て、魔物を振り払いながら進んで行く…。

**

「ついたッス」
「ここですか…」

 道の途中、黄瀬さんと笠松さんがもめながらも、街の入り口に到着した。いかつい顔をした門番さんが立っている。大きなアーチ状の入り口からは、にぎやかな声と、彩られた景色が見えてくる。きょろきょろと周りを見渡してみる。街は大きな塀でかこまれている。上を見上げると、三角形の塔が塀から抜け出している。

「あれが帝都の城ですよ」
「…この大きさの塀で隠しきれないんですから、よっぽど大きいんですね…」

 黒子君は私と同じように塀を見上げて、建物の解説をしてくれた。「おおー」と自然と声が漏れる。黄瀬さんはそんな私を見て、サングラス越しに微笑む。

っちのリアクションは新鮮でいいッスねぇ」
「…感嘆してる時に悪いが、中に入ってもいいか?
「あっはい!いきましょう!」

 笠松さんが荷車を置いて戻ってきた。苦笑いしながらこちらを見る。長いこと入り口に留まっていた。そのせいで門番さんの目線が厳しいものになっていたので、慌てて中に入ることにした。
 ガヤガヤした声ははるかに大きくなる。ずっと草原を通ってきたものだから、周りの彩りで少し、目がチカチカする。目を瞬かせていると、黄瀬さんが私の腕を引っ張ってきた。

「帝都を案内させてほしいッス!色んな店があるんスよ!そりゃもう可愛い服の店とか――」
「俺もそれにつき合わせてもらうぞ。帰る時もついてもらわねーとと困るしな」
「了解ッス。でも、笠松さんと女の子の服をまわる…なんか面白い事になりそッスね…」
「あ?」
「なんかすいません」
「あの、黄瀬さん…」
「ん?何?」

 私は黄瀬さんの袖をひく。黄瀬さんはさっきの表情から一転、顔を綻ばせてくる。

「あの、鍛冶屋と…私の事知ってる人がいるか、探したいです」
「俺も鍛冶屋に用があるわ」
「あ、そっか。…奈々子っちは剣直さなきゃね。じゃあ…商人街に行こっか。色んな話が聞けると思うよ。そうと決まれば女の子の服屋行くッスよ〜!」
「結局それですか…どれだけキミはさんを気に入ってるんですか」

 黒子君がはぁ、とため息をつく。

「図書館に行ってもいいですか?ずっと小説のコーナーにいるので」
「黒子っちも一緒に可愛いふ…」
「お断りします。終わったら迎えに来てくださいね」

 ぴしゃりと黄瀬さんを黙らせると、黒子君は人ごみの中に消えていった。「ちぇー」と黄瀬さんが呟きながらそれを見送る。

「…街には色んな施設があるんですね…」
「詳しいことはこの見取り図に書いてあるぞ」

 笠松さんが指差した先には、大きな看板があった。街の地図が書いてある。

「迷った時はこれを見た方がいいッスね。所々においてあるし、現在地もかいてるし」

 丸い形の都市は、東西南北に入り口があるのがわかる。
私達は南の入り口にいる。商人街は、ここからすぐにある。図書館は北の方だ。

「じゃあお店めぐり、いくッスよ!」
「もはや目的を見失ってるだろ…」

**

 まずは鍛冶屋に行くことに。記憶の頼りになるかもしれない剣を直せるかもしれない。なんだかドキドキする。笠松さんと熱気がこもっている工房に顔を出した。黄瀬さんは汗かきたくないからと外で待っている。

「あのう…」
「あら、お客さん?いらっしゃい〜」

 汗をかきながら鍛冶をしていたのは女の子だった。興味深そうにじっと私を見つめている。笠松さんが顔を出した際、ぎょっとしたような顔で彼を見た。

「相田、装備を仕入れに来たぞ。後この子が…」
「え、この子アンタの連れ!?付き合ってるの?」
「〜〜違う!!」
「違います」
「…だよね〜…。んな事あるわけないか…って」

 彼女は私の腰にきらきらした視線を向けた。

「なになに?それ、鍛えなおしてほしいってやつ??」
「あっ、はい!」
「見せて!」

半ば取り上げる形で剣を手に取った鍛冶屋さん。頷きながら見ていたが、次第に表情が固まっていくような…。

「…長い時が経って錆びちゃってる…。でもこれ、上物よ。…何か強力なエンチャントがかけられてる。もっとも今は錆びちゃってて機能してないけど」
「…えんちゃんと?」
「魔法がこめられてるって事だ。武器や装備を強化する類のな」

 なるほど。…だとしたら、この剣にはどんなエンチャントがかけられてるんだろう。

「…直すのには強力な鉱石や宝石が必要だわ…。うちにない材料だし、うんと高価よ」
「こ、鉱石に宝石…?」
「最北の坑道じゃないととれないもの、とかか?」
「えぇ、ダイヤモンドにアダマンタイト…ミスリルにプラチナ、金に〜」

 …とりあえず預かってもらう事にした。鍛冶屋さんは相田リコさんという。お父さんと一緒に鍛冶屋をしているようだ。どうしてこんな剣を持ってるのか彼女に興味を持たれてしまった。

**

 結論から言うと、私の事を知っている人はいなかった。そして服をいっぱい買わせてしまった。黄瀬さんは有名だから大変だというのに一生懸命私を知っている人を探してくれた。笠松さんも仕事で来たのに、協力してくれた。それなのに、見つからなかった。

「すみません…」
「なんで謝んだよ。別にいい」
「また来たときに探してみればいいッスよ」

 …黄瀬さんが言ってくれるように、また今度来た時に、探してみよう。三人で並んで歩きながら、そう思った。
 空は薄暗くなってきた。しょぼしょぼとした足取りで図書館に向かう。途中、街の中央に聳え立つ、やはり大きい城の周りをぐるりと迂回しながら進んでいく。城の近くに、これまた大きな建物がある。笠松さんに聞いてみることにした。

「あの、あの建物は…」
「あぁ、勇者養成学校だな」
「あれが…」

 おもわず黄瀬さんの横顔を見てしまう。黄瀬さんの顔は夕焼けで暗く見えた。視線を落として、何か思案しているような顔だった。

「まだ生徒、いるみたいだな」

 校舎からは、時折声が聞こえる。…魔王を倒しても、また復活する、からなのだろうか。

「居残り訓練中ッスかね。懐かしいなぁ…」

 黄瀬さんはぽつり、と呟いた。

しょぼん。
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