▼おはなし
「じゃあ早速、服買いにいくッスか」
「え?」
「キミの服は…僕が見たところによると、とても、貧弱です」
「ひ、貧弱ですか?」
「黒子っち、言い方ってもんを…あー女の子が着る服じゃないってのは確かだけど」
「女の子が着る服じゃない…!?」
黄瀬さんに手を握られたまま、促されソファから立ち上がると、そのまま家の玄関に向かっていく。黒子君がじっと繋がれている手を見ている。
「…黄瀬君、さんを彼女みたいなふうに扱うのはどうなんですか」
「あっ…しまった、ついクセで…!ごめんちゃん」
「いえ、別に……あの、彼女とは?」
黒子君の言った「彼女」は私のことではない。誰の事だろう?
疑問に思ったので、つい口に出してしまったら、黄瀬君の表情が固まった。
「黄瀬君は、数多くの女性とお付き合いしてきたので、そういうのがクセになってるみたいなんです、つまり彼女とは彼氏彼女の彼女です」
「黒子っちィィィーーー!!!ちゃん引いちゃうからやめて!」
「事実じゃないですか」
「そういった事もあるんですね…私、全然気にしてませんから」
「ちゃーーーん!!!」
**
服屋さんまでついて着てしまった。自分の服を見る余裕もなかったから、今まじまじと着ている服を見ると、本当に簡素で、特にこれといった特徴もないボロボロの服だった事に気付いた。
「ちわーッス」
「…」
黄瀬さんがドアを開ける。
服屋だと思っていたそこは、屈強そうな鎧、剣、弓矢など揃っていた。…服屋というより、装備屋といった方がいいような気がする。
「あ…こっちはもう買われそうにないもんばっかッスよ、服はこっち」
「おい」
黄瀬さんがいる方を向くと、奥の方にきれいな布の服達が置いてあるではないか。買われそうにないもの?また疑問が浮かび、早速聞こうとした所に、短髪の少しいかつい男の人が店の奥から現れた。
「買われそうにないとかいうんじゃねえ!…ん?久しぶりに…女の子をつれてんな」
「どうも、っていいます」
「この子知ってますか?笠松さん」
「あ?…しらねえけど、何かあったのか?」
黄瀬さんが聞いてみてくれたけど、やはり私の事を知っている人は海常にはいないみたいだ。分かってはいたが、ちょっと落ち込む。
「さんは記憶喪失なんです」
「うおっ!!黒子もいたのか」
「います」
さっきからそこにいたのに、笠松さん?は黒子君を見て驚いてみせた。
「…ってか、記憶喪失だぁ?…大丈夫か、女の子」
「女の子…?って名乗りましたよね」
「いや、あの…名前で呼ぶのは、もう少しアレだ、仲良く…」
「なぁにいってんスか」
黄瀬さんがぶはっと吹き出し笑い出す。笠松さんは顔を赤くして、次には「黄瀬ェ!」と怒り出した。
「どうして怒ってるんですかね」と隣にいた黒子君に聞いてみたら、「僕も分かりませんが…笠松さんが女性にうといからでしょうか」と返ってきた。なるほど。…まぁとにかく、ここの店の人である笠松さんの怒りを沈めなければと、私は喧嘩に割ってはいる。
「笠松さん…すみません、私名前しか覚えてなかったものですから、思い出したら苗字でよんでください」
「…マジか」
「マジです」
「なんか…悪いな」
「いえ」
すまなそうな顔をされてしまった。でも、これで喧嘩がおさまったなら、結果オーライだ。
「あの、見ていって、いいですか?」
「お、おう」
笠松さんは顔を赤くさせて、私達の様子をカウンターから見始めた。
「服選びはまかせてほしいッス」
「黄瀬さんお洒落ですもんね」
「ありがとう」
黄瀬さんの笑顔は、それはもう格好いいものだった。美男子ってこういう事をいうのか、と分かるくらい。
「…さん、これなんてどうです」
黒子君がにゅっと間に入って、服をかざしてきた。私達がそれをみると、それは首をふるべきものだった。
「…ないわー…黒子っち、そのセンスはないわー」
「ちょっと、それは面白い部類の服ですよね」
「…そう、ですか?」
白いTシャツに、「無個性」と達筆な字でかかれたものだったからだ。
…なんでこのチョイスにしたんだろう。
「…それは海常の土産用のシャツだな」
「何でもあるんスよねーここ」
「あぁ…本当なら武器装備売るトコだけど、勇者サマが魔王ぶっ倒しちまったしな、色々やってかねーと潰れちまう」
ちらと、笠松さんは店を入ってすぐにある装備品達を見る。
黄瀬さんは頭をかきながら苦笑いしている。そして、小さな声で「すんません」と呟いた。
「ば、馬鹿落ち込むなよ…平和が一番だろ、一応」
「…そうッスけど」
「あの、こんな時に申し訳ないんですが…勇者、魔王…とは」
平和になったから、本来やっていた装備屋から開拓して服もとりそろい始めたのか…?じゃあここは、以前、凄い治安が悪かったとでもいうのか、それに何で黄瀬さんが謝ってるんだ、と頭に大量に「?」が浮かんできた所で「勇者」「魔王」という単語が出てきた。
「…あー、そっか、記憶喪失だもんな」
「すみません」
笠松さんは黄瀬さんに顔を向け、何か確認するように頷いてから口を開いた。
「…この大陸はな、かつて魔王がいたんだ。…御伽噺にでも出てきそうなヤツ。それも一回じゃねえ、昔もいた。そいつらは決まって、世界を滅ぼそうとして…。あーもー何で俺が説明してやってんだよ…!黄瀬、パス」
「早ッ…まぁ仕方ないッスね。そこでただ倒してくれる「勇者サマ」が現れるのを待つより、国のトップの方々で帝都に勇者養成学校を設立したんス」
笠松さんが話したのは、よくある物語だった。…しかし、これが現実で起きていたようだ。笠松さんの話の真剣さ、眉間の皺なんか見ればそう思わざるを得ない。そして黄瀬さんにバトンタッチされ、話はガラっと変わった。…だけど何回も魔王が現れたら、誰だってそうするか。
「そこの勇者候補達が、去年魔王を討伐して、平和になったばっかなんス。そいつらは晴れて勇者になって、すっげー持て囃されてるんスよ」
「へえ〜…」
そんな凄い人達がいるんだ。…私も何故か錆びた剣を提げてるんだけど、そんな魔王なんて倒せる気がしない。…きっと見た目からして屈強そうな人達なんだろうな…。
心なしか黄瀬さんの顔が勇者さん達を小ばかにしているような気がする。…知り合いだろうか?
「…黄瀬君」
「黒子っち、突然喋るとびっくりッスよ……そうッスよね」
さっきからだんまりだった黒子君が、黄瀬さんを呼ぶ。本当に無表情だ。何を考えているのか分からないが、人を見透かしているような目をしている。それに見つめられてか、黄瀬さんは、私に向き直り、真剣な顔をした。
「…ちゃん聞いて」
「はい」
「…俺がその勇者の一人なんスよ」
「えっ……。凄い人だったんですね…!」
「…そんな事はないッス」
私の胸が熱くなるのと比例して、黄瀬さんのテンションが下がっていく。
「…黄瀬さん?」
「何でもないんス、ただちょっと…」
黄瀬さんが俯く。何か悪い事でもしてしまっただろうか。私は彼の次の反応をじっと待った。
「だからって、特別扱い、してほしくないなー…なんて」
「はあ」
黄瀬さんは笑っているが、泣いているような顔をした。「特別扱い」…具体的にはどういう事だろう。ちやほやする、なんて事だろうか。記憶が抜け落ちているせいか、どうも人の気持ちに対しての反応が鈍っている。黄瀬さんは、私にどうして欲しいのだろう。…私はこうしたいのだけど。
「あの、特別扱い…って貴方は勇者である前に私の命の恩人じゃないですか、しちゃったら駄目なんでしょうか」
「え」
「私は、黒子君や貴方を、他の人よりもっと大切にしたいと思っています。それは、いけない事なんでしょうか…?」
間抜けた顔の黄瀬さんに頑張って喋った。黄瀬さんがかすかに私の名を呼ぶ。
「でも、それはさんが、魔王がいた頃の苦しさを知らないからではないんですか?」
黒子君が首をかしげながら、私に問うた。
「記憶が戻れば、立派な「勇者」だという目で見てしまうかもしれないですね」
「でも、こうして助けてくれた事は覚えてる筈です。…こんなに優しい人だって覚えていて、さらにその人が勇者だったら、…とても私って幸運だったなぁと思うんです」
「そうですか」
そうなるに違いない。私は黒子君に向かって、こくんと頷いた。
「…ちゃん」
「いい、女の子だなってオイ!!」
黄瀬さんが私に抱きついてきた。
「お、おま、いきなりっな、何をするだァー!」
「笠松さん、「ん」がないです、「ん」が」
「有難うちゃん…いや、っちぃ…ッ」
「呼び方が変わりましたね」
黄瀬さんの腕の中に包まれた、暖かい。なんとなく大きい彼の背中が小さく感じた。背中にぽんぽん、と手をあてた。
「うっうっ」
「何で泣いたんですか?…私、悪い事でも」
「嬉し泣きじゃねえか?…っていうか早く商品買って店から出てけよ」
**
「…こんなに、悪いです」
「いいの、いいの、俺金だけはあるから」
「ちゃんと自立してから、お金返しますね」
「…そッスよね」
黄瀬さんの見立てで、服を買ってもらった。下着も私が選んで買ってもらった。(その際、黄瀬さんも一緒に下着を選ぼうとしてたが、真っ赤になった笠松さんに殴られて退場していった)
大きな紙袋いっぱいの服を黒子君と黄瀬さんに持ってもらって、私達は彼の家へ歩く。私は元着ていた服を着替えて、白い、可愛らしいケープを着ている。
海常の町は、赤いレンガがしきつめられて、道の節々にはおしゃれな街頭が立っている。黄瀬さんに似合う、とてもお洒落な町だと思う。
「アッ黄瀬くんだ」
「今日も格好いいね…ってアレ!?彼女っ!?」
黒子君はあまり目立たないのも今日分かった。
…ん?人だかりが出来ているような…。
「こ、こんにちは黄瀬君、今日も素敵だねっ…あの」
人だかりは女の子だけで、その中から一人、背中を押され、これまた可愛いワンピースを着た女の子が代表で声をかけてきた。…私も目立たないのかな。
「その子…もしかして、新しい彼女?知らない子だけど…」
またグサリと「知らない」というワードが胸に突き刺さる。というか、彼女?彼氏彼女の彼女のやつか。私は否定しようと、口を開きかけた。
「大事な女の子ッスよ。…道開けてもらって、いいかな?」
にっこり笑っているが、黄瀬さんは、心から笑ってないような感じである。女の子達が戸惑いでどよめく中、黄瀬さんは私の手を引き、前に進む。
「…あーいう特別扱いが、嫌なんスよ…遠くからじーって興味がありそうに見てて、俺に好意があるように見えるけど…」
「黄瀬君の外見、勇者という肩書き以外、何も知りませんもんね」
振り切った後から、黒子君もついてくる。
…そうなのかな。黄瀬さんの事を知って、もっと仲良くなりたいと思うんじゃないのかな?私は熱い手に引かれるまま歩いたが、後ろの彼女達を振り返った。胸が嫌なふうにドキンとする視線を、多数から向けられた。なんだろう、これ。
いい子。