黒子君とバニラクッキー
さつきちゃんは料理が苦手らしい。赤司君がいつになく青い顔で話すのだから、深くは聞けなかったけど、何かあったのだろう。
「さつきちゃん、バレンタインの話だけど…」
「え?バレンタイン?…うん、なになに?」
「…黒子君に作るよね?」
二月に入った学校、女の子達の話題は日に日にバレンタインの話題が多くなっている。さつきちゃんはどうするのだろうと思った私は、違うクラスのさつきちゃんを呼んで、こっそり話をした。「黒子君」というワードにさつきちゃんが顔を赤くする。
「…私が、テツ君に?…ううん、あげたいけど…」
さつきちゃんは困ったように顎に手をやる。迷っているようだ。
「あの、さつきちゃん、良かったらなんだけど…みんなにもあげたいから、一緒にチョコ、作らない?」
「えっ!?」
みんなとは、バスケ部のみんなの事だ。常日頃話している、さつきちゃんなら分かってくれるだろう。
こうやって誘ってみたのは、さつきちゃんともっと仲良くなりたいのもあるし、二人で作ればお菓子作りが楽しくなると思ったからだ。…後は、最近ぼんやりしている事が多いさつきちゃんを、元気づけたいという勝手な気持ちもある。
「…いいの?ちゃん」
「うん、さつきちゃんが良ければだけど」
「や、やる!やりたい!」
私の手をぐっと握って、恋する乙女モードに入ったさつきちゃん。黒子君を語る時のように瞳を輝かせているもの。
「じゃあ、13日に…えーっと、どっちの家にする?後…何作ろっか?」
この後二人で話して、さつきちゃんの家で、材料は分担して買って、作るものは、チョコチップクッキーということになった。楽しそうに計画について話すさつきちゃんを見て、「誘ってよかった」と思い、私も自然と笑った。
**
そして14日になった。休み時間になると、黄瀬君が有り余る程チョコレートを貰っていて、大変だなあと思いながら遠くから眺めていた。
「さん」
「あぁ黒子君、おはよう」
「大変そうですね、黄瀬君…」
「だねえ…声をかけられそうもないよ」
黒子君がすぅっと、私の横に現れた。黒子君は遠い目で黄瀬君を見ている。彼は周りが常に女子で囲まれている為、ヘルプしようにも手を出せない状態だ。
「黒子君は誰かから貰った?」
「いえ…多分今年も無理だと思います」
「そんな事ないよ、くれる人、いるよー」
何気なく聞いてみたら、いつもの表情で後ろ向きな事を言われた。そんな事ないのに、さつきちゃんがくれるぞー。と思いながら、笑顔で励ます。
だけど…何だか黒子君、悲しそうだ。どうしたんだろう、声をかけようと思ったが、黒子君が喋りだしてしまった。
「あの、さん、さんは…」
「ん?」
「…誰かにあげるんですか?」
「…えっと、まぁうん」
あまりにも黒子君が真剣に聞いてくるので、言おうと思ったが、はっと気付く。チョコは部活が終わってからのサプライズにしようとさつきちゃんと計画していた。私は慌てて、ぼやかした表現で伝えた。
「…そうですか」
「黒子君?」
「なんでもないです、それでは」
「あっ……」
無表情で黒子君は去っていく。私は、心臓が嫌な風に鳴るのを、抑えようとした。
**
「桃井さん」
「テツ君!わざわざ来てくれたんだ…っ、嬉しい」
その足で黒子は桃井のクラスを訪ねた。桃井は喜びながら廊下に出てくるが、黒子の様子がいつもと違うので、首を傾げた。
「あの、テツ君、何かあったの?」
「…さんの事でちょっと」
黒子は目線を落としながら、彼女の事を口にした。桃井はうつむいて何回か瞬きした後、顔をあげ、「ちゃんと、何かあった?」と優しく聞く。
「さん、誰かにチョコをあげるみたいなんです…」
は人数分しか作っていないと知っているので、そんな事はない、と桃井は分かっていた。桃井は素直にその事を喋った。
「お二人で、作ったんですか?」
「うん、それでね、その事が内緒だったから、口裏合わせてくれたんだよ、ちゃん」
「そうだったんですか」
黒子は心底ほっとしたような顔をした。桃井は笑顔を浮かべているが、胸がズキズキと痛んでいた。
「…いつも、相談にのってくれて、すみません、桃井さん」
「ん?いいのいいの、テツ君の役に立てれば嬉しいもん」
**
そして部活動が終了する時間になった。私は、美術部の片付けを終えると、すぐ体育館に向かった。
「ちゃんこっちこっち」
「おじゃまします」
いつものように靴を脱いで、靴下のまま体育館に入る。さつきちゃんは、カバンから紙袋を取り出した。中にはラッピングを施した袋が6つある。
「驚くかな?赤司君達」
「うん、あと凄い喜ぶと思う」
「アレ?っちじゃん、今来たの?」
更衣室から制服に着替え終えた黄瀬君が出てくる。私達はすかさず紙袋を隠し、いつものように振舞う。
「うん、今やってる油絵、楽しくってギリギリになっちゃった」
「今度は何書いてんスか〜?」
「りんご、赤と緑のバランスが難しいんだ」
「へえ〜…てか赤、緑…赤司っちと緑間っちみたい」
黄瀬君は話をちゃんときいてくれる良い人だ。いっぱい貰ってるだろうけど、私達のチョコも貰って欲しいなぁ。
「お?じゃねーか」
「青峰君だー大変だった?今日も?」
「聞いてくれよ、赤司が「バレンタインだからって気を緩ませるな」とか言って、練習2倍だぜ?ひでーわ」
「そうなんだ…もしかしてそこモノマネ?…ぷぷっ」
「似てねーッスね!!」
「んだとコラ黄瀬ェ!!」
青峰君の赤司君のモノマネは何とも言えない出来だったが、私は失笑してしまった。黄瀬君も笑っている。青峰君は黄瀬君を睨みつけている。
「騒々しいぞ、黄瀬、青峰…もきてたのか」
「あ、ちんだ〜…もしかして…」
「何なのだよ」
そして赤司君と緑間君に紫原君も更衣室から出てきた。
「あれ黒子君は…」
「残って練習するみたい」
「おー、そっかぁ、じゃあ言っちゃう?」
「うん!お疲れ様みんな、差し入れで〜す」
残って練習って…さつきちゃんが直接渡しやすい感じではないか。だったら残る5人にもう渡してもいいか。となったので、さつきちゃんに確認して、紙袋から、5つのラッピングしたクッキーを取り出した。
…5人の表情が凍りつく。
「あの、これね、さつきちゃんと私で作ったんだよ」
「危機は回避されたか…一つ頂くのだよ」
「が居たなら大丈夫か、あんがとなー」
「っち、桃っち有難うッス」
「今から食べるねー」
「すまないな、」
「みどりんと青峰君と赤司君酷くない!?」
わいわいがやがやする中、私はさつきちゃんを宥めつつ、耳打ちをした。
「後は私に任せて、黒子君の所にいってきて」
ね、と笑いかけると、さつきちゃんは俯いて「ごめん」と呟いた。
「私、今日急に用事出来ちゃって…ちゃん、お願いっテツ君に渡しにいって!」
「え!?そ、そうなの…」
手を合わせて、本当にすまなそうに言ってくれた。首を傾げながらそう言われては、聞かないわけにはいけない。
「分かった、さつきちゃんからって言うね…」
「…有難うちゃん、…みんな!ごめん先帰るねっ」
「あぁ、気をつけて帰れよ」
「うん、じゃあまたっ」
さつきちゃんは急いで体育館を出て行った。
「…じゃあ私も、黒子君に渡しにいかないと」
「えー?もう一つくれないのー?」
「紫原君、いっぱい食べたよね、じゃ、いってきます」
**
ボールの弾む音がひとつ、響いている。「おじゃまします」と重い扉を開くと、黒子君が驚いたような顔でこちらに気付き、駆け寄ってきてくれた。
「さん…!何か用ですか?」
「ちょっとね、練習熱心だね、黒子君」
「いえ、そんな」
タオルを首にかけ、汗をたらたら流している黒子君。普段涼しい顔でいるのに、こう汗をかいている姿を見ると、男の子なんだなぁと思う。
「…あの、それ、もしかして」
「え?あぁ…差し入れだよ、さつきちゃんと、ちょびっと私が作りました」
黒子君は紙袋を指差す。「テツ君のだけ、バニラクッキーにしたいの」と言い、さつきちゃんは彼の為に、バニラクッキー専用の生地を作っていた。本当にちょっとだけしか手伝わなかったけど、出来上がった味は大丈夫だった。紙袋から最後のひとつを取り出す。それは他のより少し大きくて、違ったラッピングがしてある。
「さん…有難うございます」
「ううん、お礼ならさつきちゃんに言ってあげて、他のみんなはチョコチップ味だけど、これだけバニラ味なの、さつきちゃんが提案してくれたんだよ」
「はい、桃井さんにも今度お礼を言います…嬉しいです」
「良かった」
白い頬を赤く染めて、黒子君は大事そうにクッキーを抱えて、私をみつめた。
三角関係