人生は奇なり

 今の時間の授業はあまり興味がなかった。その為に落書きに徹する私。世界史なんてやる意味あるのか?いつも疑問に思う。どうでもいい事を熱心に聞く気力はなかった。板書は一応ちゃんと写すが、聞くのは話半分。
 教科書に描かれた、ペルシャ絨毯の模様。複雑なそれを、私はノートに書き写していく。…が、途中で飽きた。先生は相変わらず何かをのたまっている。仕方なく先生に視線を向けようとした時、はっとした。私に衝撃走る、みたいな、雷に打たれたような錯覚。

(赤司君、きれい…)

 赤司君の横顔に目を奪われた。相変わらず燃えるような赤い髪。そして端正な顔。彼は私の席のひとつ右斜め前。…正しくは横顔というより、斜め45度の顔というべきか。45度かは分からないが…。ちゃんと先生の話を聞いて、ノートにすらすらと書き付けていく。きっと先生の言っている事も書いているのだろう。手が、動いていた。彼をスケッチしたい。シャーペンで大体のあたりをとり、顔から書き込んでいく。輪郭、髪、そして顔のパーツ…。無我夢中だった。時折彼はノートに目線を落とす。動く。私が描くのは、彼が先生の方を向いている、しゃんと背筋を伸ばした所。もうずっと先生の話聞いてて!と訳の分からない事を念じながら、書く。そりゃあもう好きな授業でしかみせない集中具合で。

「絵になるなぁ」

「……」
「おい!」
「え、はいっ…!?」

 ぼそぼそと呟きながら、絵に集中。そんな中、私の名を大声で呼ばれた。先生にあてられていたようだ。慌てて立ち上がった。先生に目線を向ける。あ、あれ?明らかに怒っている。

「…私の授業が好かないのはいい。だが、赤司を熱心に見ている暇があったら、ちゃんと板書をとりなさい」
「   」

 ばれた――。そんな馬鹿な。予想だにしない展開、クラスから聞こえるクスクス声に、私の思考は停止した。赤司君が私の方を怪訝そうに見ているのを感じる。顔が熱くなる。消えてなくなりたい。

「す、みません。…赤司君の右斜め45度がとても素敵で…」
「は?」
「あ、なんでも、ない、です!!」

 席へ落下した。何口走ってるんだ私。言い訳がましく、ぼそっと何か言ってしまった。先生が眉間の皺をよせる。…聞こえてない事を祈ろう。激しく祈った。

**

「ごめん」
「私に謝るより、赤司君に謝ってきたら」

 理緒ちゃんが机に突っ伏してビクビクしている私に、声をかけてくれた。私は今、謝ることしか出来ない。誰でもいいからごめんなさいと言いたかった。

「う、ううん…ごめんなさい」
「だからー」

 理緒ちゃんがうずくまっている私の髪をなでる。なんだかんだで慰めてくれているようだ。クラスには馴染めない。あはは、わはは、笑い声が恐怖として記憶されている。私の馬鹿さ加減が露呈したし、赤司君にいい迷惑をかけてしまった。は赤司が好きなんだって。そんな噂が飛び交うに違いない…。あ、でも全然目立たない私のことだし、そんな噂が立つことすら無いかもしれない。

「鮫島さん、さん」
「あら、赤司君」
「げえっ」

 理緒ちゃんじゃない、男の人の凛とした声。赤司君が直接裁きを下しにきた――。私は間抜けた悲鳴をあげる。また、やってしまった。思ったことがすぐ口に出てしまう。私の悪い癖だった。机に突っ伏したまま、私は動けなくなってしまった。

「怒りにきた訳じゃ、なさそうよ?起きたら」
「う、嘘だぁ」
さん。正しくは、左斜め45度だ」
「!?」

 勢いよく顔をあげた。私の顔は今真っ青であろう。「顔をあげた」赤司君は綺麗な顔で、おかしそうに笑っている。聞こえてたー。私はテンプレートに頭を抱えた。

「ちょっと、赤司君。をからかうのはよしてあげて、この子意外と繊細なのよ」
「あぁ、すまない。でも、間違いは正しておきたかったからね」

 くっくと笑うのをやめ、赤司君はじいと私の顔を見つめなさる。ばっと顔を横に背けた。横には理緒ちゃんが立っている。腕組みをしている。

「…なあ、さん、俺を書いてたろ」
「……はい」
「馬鹿正直ねえ…。まぁ赤司君には隠しようもないか」

 そこもきっちりバレてらっしゃる。彼を書いていたノートは今、表紙を上に向けて机においてある。

「見たいな」
「…見せられるものじゃあありません」
「見せてくれたら、怒るのをよしてあげるよ」
「や、やっぱり怒ってるんだぁ」
「いやいやいや…あきらかにあんたの反応を楽しんでるわよ」

 赤司君の言葉に、ノートに手がかかりかける。理緒ちゃんの言葉に、ノートの上に力なく手をおいた。は、反応を楽しんでいる…だと?赤司君はそれを見て、少し考えてから口を開いた。

さん、俺は自分を勝手に描かれていたのに、目をつぶってあげると言っているんだよ」
「見せます、すみませんでした」

 なるべく速く、私はノートをめくった。急かされているような気がしたからだ。該当ページを開いた瞬間、私は目を瞑って、下を向いた。反応を見たくないからだ。二人が唸る声が聞こえた。私は慌てて、耳に手をあてた。「わーわー」と声をあげる。…ちゃっかり理緒ちゃんも見てるのね。

「割とうまく描けているじゃないか」
「わー!」
「上から目線ね…。でもやっぱり上手ね、の絵は」
「わああ」

 え?褒められてる!?ここから立ち上がって、教室を飛び出したい気分に駆られる。でもそんな勇気はない。

「なんだ?の絵かそれ」
「赤司君だ、しかも上手〜!さっきはこれ書いてたのね!」
「えッ!?」

誰かが入ってきた。驚きで目を開けてしまう。クラスの子達だ。私の絵をしげしげと眺めている。いつのまにかゾロゾロと集まってきた。私の机の周りは人だかりになっていく。殆ど話した事が無いのに…、何故か口々に絵を褒められている。

「良かったわね、褒められてるわよ。っ!」
「うひゃ!」

 理緒ちゃんに背中を叩かれる。ぽんぽんと何度も。彼女は自分の事のように嬉しがっているように見える。なんだこのこそばゆい感じ。顔が熱くなる。

「あ、赤司君…」

 おもわず赤司君を見た。面白いものを見物するかのごとく、彼は輪から外れた所で私達を見ていた。

「良かったな、さん」
「あ、有難う…」

 この一件でいじめられるか、と危惧していたクラスに少しだけ馴染めた気がした。…赤司君のおかげだろうか。

自分が面倒な事に巻き込まれたくないだけな赤司だった。
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