先生、自重してください

 火神君にはさみを突き刺そうとした怖い子が、今まさに誠凛の宿舎まで来ていた。蛇に睨まれたカエルのように私は立ちすくむ。あの光景がフラッシュバックする。
 ウインターカップ本戦の前に、黒子君たちが夜に外出していった。一顧問として、それを黙って見過ごす訳にはいかない。私はそんな心意気で彼らの後を追った。
 そしてその後の怒涛の展開である。しょ、傷害事件!?と見かねて電信柱から赤司君達の方へ突進した。…うちの生徒に何してるのよ!と怒鳴り込んだ。…泣きそうになりながら私よりうんと背の高い火神君を庇うようにに仁王立ち。
 その後黄瀬君や黒子君、秀徳の緑間君に間に入ってこられた。まぁまぁとなだめられた。当の赤い髪の子は謝ることなく、じっとその様子を見つめている。私はそれにカチンときて、「どこの誰だか知らないけど、なんなの君!謝りもしないで!!」と叫ぶ。ご近所の事なんて考える余裕がなかった。

「よその出場校の子が、喧嘩売りにきたの!?」
「も、いいから!先生、もういいから!」
「先生、落ち着いてください」
「落ち着いてられないわよーーっ!そこの赤い君!覚悟してなさい!そんな卑怯な手段を取るなんて、誠凛が黙ってないわよ!ボロボロに負かせてやるんだからぁ!!」
「ひいい!!っち先生これ以上赤司っちを煽らないでぇ!!」

 赤い子は興味深そうに目を細めただけ。たかが高校生?だというのにその視線に見つめられると、怖くなって逃げ出したくなる。足を踏ん張って、必死に負けまいと睨みつけた。
 その赤い子こそ赤司君。あのキセキの世代のリーダー格。そして一年にして洛山の主将となった少年…。あの時は知らなかった。バスケの事にうとかったのは自覚していたけど、まさかここまでとは…。
 その後、やっぱり怖かったのもあって、火神君と黒子君、何故かそこにいた降旗君を連れて逃げるように宿舎に向かって走ったのだった。
 火神君に必死になって、大丈夫?と連呼していた。「先生こそ大丈夫かよ」と言われた時、私はやっと自分が泣いているのに気づいた。
 落ち着いた後、青い顔の黒子君に説明してもらった。事情がなんとなく分かった。赤司君に呼び出されてキセキの世代が集まった。部外者である火神君が現れた事に怒った赤司君が、緑間君の持っていたはさみを…という事らしい。いやいやいや。到底理解出来ない理由で怒ってる!緑間君がラッキーアイテムのはさみを持っていたのは仕方ないとして、何故それを突きつけ、自身の前髪を切ったのか?混乱している中「赤司君なので仕方ないんです」と黒子君が言う。さらに混乱。そしてあまつさえこの一言。

「先生。先生は僕達が守りますから…」
「え?」
「おやすみなさい」
「え、ちょ、黒子君!?」

 な、何その意味ありげな言葉!私は心のなかで憤慨した。気の毒そうな顔で去られたのだ。どういう意味?と聞きたかったが、やっぱり恐ろしいので聞かない事にした。
 その日の夜はあまり眠った気がしなかった。リコちゃんが言うに、うなされていたらしい。

 そして恐怖の元凶がそこに…。ふ、復讐?復讐にきたのか!?あの時みたいに夜ではない。今は昼だ。だけど私が一人の時を見計らったかのように現れた。
 服の端を握りながら、私は彼に向かって、とりあえず「こんにちは」と言うことにした。ここで下手にあの時の話を切り出す、黒子君達に近寄らないで、なんて言ったら怒りそうだ…。それに、どこが怒りの沸点なのかわからない…!

「えっと、こんにちは」
「こんにちは」

 けろりとした顔で挨拶を返してくれた。意思疎通が出来たことを神様に感謝したい。そんな気分。ちょっと嬉しくなった。
 しかし、その後無言が続く。不安になる。だが、何か用があった訳ではない…?あれ?このまま通り過ぎたら不自然じゃなくない?わぁここから去れる!さらに嬉しい!私は大喜びで斜めに足を踏みだそうとした。

「誠凛高校のバスケ部顧問の先生なんですね」
「――!!」

 この少年、ここから今まさに去ろうとした私の動きを読んだ!?いやそんな訳ないか…。で、でも面白そうに笑ってる!笑ってる!完全に小馬鹿にしたような笑い方だった。

先生。…昨日は失礼しました。仲間に再び会えた喜びで熱くなってしまって」
「え、…あ、いや、私も…ごめん…ね?あんなに色々言っちゃって」

 しかし次には、本当に申し訳無さそうな顔で謝られたので、とっさにこっちも謝ってしまった。日本人の悲しい性である。少しして謝らなくていいんじゃ、という事に気づいたのだった。

「…彼の傷は大丈夫ですか」
「う、うん。平気みたいよ」
「そうですか、良かった」

 ほっとしたように胸をなでおろす赤司君。…え、何この子、超いい子っぽい。呆然としながら受け答えをする。…まさか二重人格?ちょっと心が辛い子なのか。何か事情があるのか、と思い込んでしまう。先程の小馬鹿笑いは気のせいだったのか。そうだ、気のせいだ。

「…あの、赤司君。火神君の所に一緒に謝りに行かない?」
「え?」
「私に言うんじゃなくって、彼にごめんなさいって言わなきゃあ」
「でも僕、彼に許してもらえるなんて…」
「火神君ああ見えて優しいのよ。きっと許してくれる。…同じ選手なんだから仲良くしなきゃ。正々堂々となんのわだかまりもなく勝負してほしいなぁ…。」
「…い「よし、行こう!大丈夫なんとかなるっ!」

 思いついたらすぐ行動。私は彼の手をとって火神君がいるであろう場所に向かった。

**

「赤司君ほらごめんなさいは?」
「……」

 大変な事になっていた。赤司に目をつけられたであろう先生は赤司ともう接触していた。そして何故か俺にむかって赤司に謝らせようとしていた。どういう状況だ。どうしてこうなった。…何か勘違いをして有無を言わせず連れてきたかもしれないな。
 先生は赤司が心底嫌そうなのに気付いていない。っていうか言い方が子供に言い聞かせるやつ!

「…あ、もしかして」

 !!…気付いたか!?

「先生がいると謝るの恥ずかしいか!そっかぁ!じゃあ私ちょっと出てくね!」
「先生ーーー!!」
「ん?なぁに火神君」
「コイツ絶対……ッ!?」

 先生の側の赤司は俺に殺せるような視線を送っている。押し黙るしかなかった。

「なんでもな…ありません」
「うん?じゃあ私ちょっと部屋出るね〜」

 先生がドアを閉めて出て行ってしまった。残された俺と赤司。…どうすりゃいいんだよ!
 訳分かんねー奴と二人っきりという、いたたまれない状況の中、赤司は俺を睨み付けてきた。

「――先日の誤解を解くためにわざわざ教師のもとに赴いたら…。僕は謝る気なんてないぞ」
「だろうな…。もー謝ったって事にしていいから、さっさと出てってくれ…」
「あぁ、そうする。ところで…」
「まだなんかあんのかよ」
「…いや、なんでもない。じゃあな。勝ち残れたらその時は正々堂々戦おうじゃないか」
「…お、おう」

**

「赤司く〜ん!」
「…先生」

 宿舎を去る際、あの教師が追いかけてきた。必死に走ってきたようで、息が上がっている。それに免じて、仕方なく立ち止まる。

「部屋に戻る際に、そういえばって思って――はい!これみんなで食べて」
「え…」

 彼女が差し出したのはタッパーだった。食品が入っているとしか思えない。それを、敵のチームに渡すというのか。僕は彼女の非常識具合におもわず顔をしかめる。

「あぁ一応敵同士だけど…、作りすぎちゃってね。味は保証するし、よかったら、ね?」

 目線を上に向け、勝手に語りだす。早くこの場から立ち去りたい。だが、バスケ部の顧問であるこの女に付き合うしか選択肢はないだろう。

「ですが、…受け取れません。誠凛の皆さんと召し上がって下さい」
「でも折角ここまで来てもらったんだから――、ほら、ん…」

 彼女は突然タッパーの蓋を開けると、中に入っていた蜂蜜レモンを口に含んだ。そして笑顔になる。先ほどからこの笑顔はなんだ。目が離せなくなる…。

「うん!美味しーから赤司君も食べてよ」
「!!」

 行動を読む間もなく、口にレモンがあてがわれた。わずかに触れた舌からはちみつの甘味、レモンの酸味が広がっていく。そして嬉しそうに綻ぶ彼女の顔。…彼女の事だ。毒なんてもの仕込める筈もないか。たった2回しか見ていないというのに、僕は安心しきってしまった。ごくり、と液体を飲み込んだ。自分の中の常識が、少しだけ崩れていくのを感じた。
 …そのままタッパーを受け取ってしまった。

「洛山の皆さんと食べてね!一緒に試合するの楽しみにしてるね!じゃあ」

 後ろ姿を立ちすくんだまま見送ったのだった。

**

「征ちゃんどうしたの?レモン食べてー。それにそのタッパ」
「貰った」
「え、誰?誰に〜!?」
「誠凛の顧問」

「「え?」」
「…うまいぞ」
「あ、えぇ…。頂くわ」
「うんじゃ俺もー」



あとがき
次回、赤司、いい子っぷりを種明かし編(本当の僕を見てほしいという現れ)
赤司、誠凛に勝ったら告白するつもりが駄目でした、の巻(誠凛がもし勝ったら)13.12.25
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