別れた日
目の前で私を見つめる赤司君は自分は以前の赤司とは違うと言った。それはどういう意味なのだろうか。少しばかり、おっかない雰囲気になった気はしたけれど。私は「まさか、別人格の赤司君とか?」とおどけて聞いてみると、彼は私に背を向けて頷いてみせた。
「僕は君が愛している赤司ではない。以前の赤司征十郎から主導権をとってかわったんだ」
「えーと…。どうして?前の赤司君に何かあったってこと?」
「そうだ」
真っ赤な夕日を受けている赤司君は、私を振り返った。どういう表情をしているか、逆光で分からなかった。ただただ、まぶしかった。
赤司君はこんな深刻な冗談を続けていく人ではない。多分、本当なのだろう。…実感は湧かないけど。
別人格告白から次の日、私は早速赤司君を観察した。しかし、いつも通りの赤司君がそこにいて。首をかしげる私に赤司君は笑って「どうした?」と言ってくるし。あの時の言葉が夢だったように錯覚してしまう。だが、彼は事を聞きだそうとする私をなんとなく避けている。するりと「あの!」と言いながら飛びつかんばかりの私をよけ、他の子の所に行ってしまう。呆気にとられて、それを見送る。彼が、遠くから眺めるだけの存在に戻ったようだった。
そこで、バスケ部一軍マネージャーの彼女だ。
「…赤司君、部活中に、何かあったの?」
「!!」
確信を持ってさつきちゃんに聞いてみたら、彼女は息を呑んだ。私も彼女の表情を見て、唾を飲み込む。
「……ちゃん、…実は、黙ってるように言われたんだけど」
さつきちゃんは、そう言いながら、じわりと目を潤ませた。驚きで心臓がきゅっとしめつけられる。
「バスケ部、大変な事になってるんだぁ…」
そのまま、ドラマのワンシーンみたいに、さつきちゃんは涙をすうっと頬に伝わせた。バスケ部が、大変な事になっている――?そっと彼女の背を撫でながら、私は言葉を反復した。そんなの、知らない。だって、いつも彼は堂々として、笑顔で、私に「大丈夫」だって。
私はさつきちゃんの我慢の蓋を緩めてしまったようで、彼女は私の胸に顔を埋めて肩を震わせていた。だけど、少ししてゆっくりと顔をあげた。ちょっぴり目が赤い、鼻もすすってる。でも、真剣に私に向き合ってくれていると感じさせる表情だった。
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バスケ部がバラバラになるかもしれない、という事実が、頭の中の大部分を占めていた。まず、彼女は冷静な視点でバスケ部の今の状況を伝えてくれた。私は楽しそうにバスケをする彼らしか知らない。今でも普通に挨拶ぐらいはする。
「赤司君も、試合に勝てさえすれば、練習に出なくてもいいって」
「……」
でも、これだけは信じたくなかった。彼がこんな事言うはずない。
「私も信じられないって思う。でも、本当に人が変わっちゃったとしたら」
「っ!!」
「ちゃん、赤司君の様子に気付いて、こうして聞きにきてくれたんだよね」
「…うん」
「――…赤司君、むっ君とのワンオンワンで負けそうになったの」
さつきちゃんは視線を落として、そう言った。
紫原君に一方的に負けそうになった。しかし、赤司君はそこから逆転して、勝利した。まるで彼の動きを全て見透かしたような動きだったそうだ。その後、今までの自らの発言を覆すように、「勝てさえすれば、何をしようがいい」と言った。
赤司君が窮地に追い込まれた時に、彼は現れたのだ。勝利に固執する人だった。それは、彼の勝利への思いを反映しているのだろうか。
それと、私が知らない間にバスケ部がバラバラになっていた。彼はそれをまとめようと必死に努力していたのではないだろうか。私は、何も知らなかったのだ。
「赤司君、最近疲れてない?顔色が悪い気がするんだけど…」
「ん?あぁ。大丈夫だ」
「そう?…でも、私に頼ってくれてもいいんだよ?力になれるか分かんないけど、赤司君の為なら、頑張れるし」
「、有難う。その言葉だけで十分だから」
その時、赤司君はふわりと笑って、私の頭に手を置いていた。その手の感触を思い出そうと、彼にされたように私の手を頭に乗せたのだった。…申し訳なくなった。
さつきちゃんと話した後、とぼとぼ廊下を歩いて自分の教室に戻った。自分の席に座ると、ちらと横を見る。赤司君はクラスの男子と談笑している。…別人格になったって事は、私の事を嫌いな赤司君になってしまったのだろうか。目線が永遠に合わさる事もないのかもしれない。でも、今はそれも仕方ないかもしれないと思う。私は一人で戦い続ける赤司君を、助けられなかったのだ。もし私が、赤司君がやっぱり大変なんだって気付いて、彼に一言「頑張りすぎないで」と言えたら。
…もしも、なんて言っても過去に戻れないんだよな。私は机の中心を見つめる。ぐるぐる渦巻く後悔に浸りたかった。だけどそんな暇があったら、彼に謝って、彼に有難うと言おう。そう思った。
**
部活が終わった際、校門で彼を待っていた。バスケ部の皆が横を通り過ぎていく。「じゃあね」と背の高い彼らを見上げながら挨拶をする。皆、いつものようにそれに返してくれる。
赤司君はいつも最後に体育館を出る。帰っていく生徒達を眺めながら、いくら私を避けているとはいえ、裏門から帰るなんて真似、彼はしないだろうと思った。
予感は的中。赤司君は居心地悪そうに私の隣に立っていた。
「一人で帰ってもいいんだぞ」
「ううん!赤司君と帰りたい」
「僕は、君の望む赤司じゃないと…」
「赤司君は赤司君だよ」
私に合わせない目線を捉えながら、私はきゅっと口を結んだ。「一緒に帰ってもいい?」と聞く。少し喉が震えたが、彼に分かってない事を願う。
赤司君は頷いてくれた。
**
夕焼けでオレンジ色に染まりつつある道を、二人で歩く。といっても彼が少し先を歩いて私が後ろからついていくような形だけど。
「赤司君…。有難う」
「…礼を言われるような事をした覚えは」
「したよ。赤司君を助けてくれたんだよね。だから、有難う」
赤司君は振り返って、面食らったような、困ったような顔をした。今度はちゃんと彼の顔が見れる。少しして、眉間に皺をよせた赤司君。
「桃井にでも聞いたのか」
「…さつきちゃんを怒らないでね、私が無理に聞いただけだから」
黙ってるように、って赤司君からやっぱり言われてたのか。それを寂しい、と思いながら私は言葉を続けた。
「私、赤司君に何もしてあげられなかった。支えてあげられなかった。でも私が出来なかったことを、貴方が赤司君にしてあげたんだよね」
「…僕は僕のしたいことをしただけだ。あいつを、助けた訳じゃない」
「それでも、私は貴方に感謝している。お礼を言わせてよ。うん、これだけは言わせて欲しかったから」
いつも一緒に帰っていた道が暗くて、何だかいつもと違うように見えて。私は泣きそうになった。泣くまいと目をつぶって、笑顔のように見せかける。
「ありがとう」
赤司君の信じているものを守ってくれて。
涙が溢れそうになったので、私は彼を追い越した。
「…じゃあ」
このまま走って帰ろうと、彼の隣からいなくなろうとした。だけど熱い感触に手首が捕らわれていて。
「」
「赤司君…。いいんだよ。無理しなくても」
何も出来ない私に構う理由はない筈だ。こんなに貴方が苦しんでいたのに気付かなかった私に。震える肩。ぎゅうと手のひらを握り締める。赤司君の手が、そっと肩に触れた。なんだか割れ物に触るような触れ方だった。
「すまなかった。僕のせいでお前を傷つけて」
「そんな…」
ついには涙も溢れ出してきた。嬉しいのか悲しいのか訳が分からない。面倒だろうに、赤司君はそれをぬぐってくれる。
「部の問題は一人で解決して、当然だと思っていた。それに、心配させたくなかったんだ。お前が大事な人だから」
「…赤司君」
「そう元の赤司は思っていた」
もっと、誰かに寄りかかってもよかったんだよ。
彼の体に根付いた考え方なのだろう。一人で抱える考え、それに、完璧主義、勝利への思いも。それなのに、もっと気楽に生きてよ、もうそんな考えやめてようよ、と彼を傷つける言葉ばかり浮かんでくる。それらは彼の生き方を否定する言葉でしかない。
目を開けてみると、目の前の赤司君は心底悲しそうな顔をしていた。今の赤司君への怖さは無くなっていた。
「ありがとう、伝えてくれて。…ね、私の事、嫌じゃなかったら、傍にいていいかな」
「どうしてだ?」
辛そうに顔をしかめる赤司君。きっと、これは私を案じているからだ。彼と今の赤司君は違うから。
だけど、私はこう思う。彼は赤司君を守る為に生まれたのだ。考え方の違いだって、元の彼が壊れない為。だから、私は…。
「赤司君と仲良くなりたいから!…駄目、かな?」
赤司君は視線をおとした。その後、私の様子を窺うように目線をあげた。
「いい、のか…?」
「うん」
「気味が悪くないか?疎ましくないのか…?」
「うん」
赤司君は堰を切ったように、顔をくしゃりと歪ませた。今まで我慢してたんだ。そんな彼を愛おしく思い、私は彼の両手を握った。
これから先、今の彼が、元の彼がどうなってしまうか分からないが、ただ傍にいたいと思った。
「…元の僕にも、今の僕にも、お前は必要だ。傍に、いてくれるか…?」
あとがき
二人は元の赤司を案じている。だから、お互い元の赤司を傷つけるようなことはしない。ヒロインはどちらの赤司も大切な存在だが、元の赤司を愛しているし、裏切るようなことはしたくない。今の赤司は、ヒロインを愛おしく思っていた。だけど、それを伝えるようなことはしない。みたいな感じ…。 13.11.21