この時間が続けばよかったのに

 桃井は落ち着いた後、電話をした。おどおどと、いつもと違い様子を窺うように電話を取ったに、自分もが好きだと伝えた。これは友情の延長なのか、恋愛感情なのかは分からないが、まだの事が好きだと伝えた。あの時は戸惑ってごめんね、と謝った。試しでもいいなら、付き合いたいとも。
は電話越しに泣いていた。「有難う」と桃井に言った。
まだ胸がどきどきする中、「じゃあね」と言い交わし、桃井は電話を切る。
 …悶々とする中、宿題があったと思い出し、机に向かうも、あまり集中出来なかった。食事はなんとか食べられたが、夜は寝れなかった―…。これから、どうなるんだろう。不安も襲ってきたが、そんな時はの笑顔を思い浮かべた。
 きっと、大丈夫。きっと二人なら、大丈夫。そう思って、息を大きく吐いた。

**

「さつき、ちゃん…なんか夢みたい」
「夢じゃないよ?」

 クラスで会うと、はでれぇと幸せそうな表情になった。桃井はそれを見て、「良かった」と思った。
 二人とも目が少し腫れていて、お互いに笑ってしまった。いつものようにじゃれるように手を重ねると、桃井は胸がどきどきとした。これが恋なのだ。桃井はうっとりとした。
 お互い女同士だという事は引け目にしなかった。好きになった人が女の子で、それが相手に受け入れられたら、これ以上ないくらい幸せだったのだ。
 仲のいい二人がもっと仲良くなった、クラスの認識はそんなものだった。自分達のクラスに同性同士で付き合っている者がいるなんて、思春期の彼らには考えられなかったのだ。
 休憩時間になるごとに二人はどきどきしながら、彼女と話す。授業など、あまり身に入らない。そして、昼の時間になった。

「教室じゃなくて、二人きりになれる場所で食べたいね」
「…いいの?」
「うん、色々、聞きたい事…あるし?」

 桃井から昼飯を食べる場所を変えたい、と提案された。は驚く。桃井は張り切っていた。初めて、好きであろう人と付き合う事になった桃井は、傷つく事も恐れない。ずんずんと自分が知りたい事、やってみたい事へ突き進んでいく。
 桃井はの手を取り、弁当袋を掴むと、二人きりになれる場所を探すことにした。は顔を赤くしながら、戸惑いながらそれについていった。廊下を抜けて、階段を登って。その間も手を繋いだまま。触れられた部分が熱い、とは感じた。二人で学校を探検しているようだった。
 屋上には青峰と黄瀬がいた。桃井はそれを見た瞬間、眉間に皺を寄せて扉を閉めた。青峰の二人を呼び止める声がしたが、桃井は構わずずんずん階段を降りていく。
空き教室を見て回ったが、そこも誰かしらに使われている。桃井たちは校舎の外に出た。日差しが二人の眼に差しかかる。整備された運動場を見渡す、誰も居ない。

「…外はあんまり人が居ないねー」
「そうだね、…さつきちゃん、あそこのベンチ」

 が指差したのは、鉄棒の隣に置かれたベンチだった。傍には木が植えられており、ベンチに座った際の日陰になっている。二人は早速何気なく手を離してそこに座った。さわさわと風に吹かれ、木が揺れる。

「…ちゃん、色々聞いてもいい?」
「どうぞ」

 まず桃井は、が、女の人が好きなのか聞いた。は少し考えた後口を開いた。「そうみたい」と話した。可愛い女の子を見ると目で追ってしまう。桃井の事もそうやって遠くから見ていた。男の子を見ても、胸が騒がなかった。

「そういう性分みたい。…変だよね」
「ううん、そんな事ない。だったら私だって変だよ」

 桃井もが好きみたいなのだ。真剣な顔で首を振ると、「ごめんね」と目線を落としたに謝られた。そんな顔にするつもりではなかった。桃井は慌てて喋りだした。

「変じゃない。女の子同士だからって、…私恥ずかしくないよ」
「さつきちゃん…」

 は見る見るうちに瞳をうるませた。今にも泣き出しそうである。こんな初めて見た。いつものは、自分を楽しませようと、笑って、時には冗談めかして怒って、弱い所を見せようとしなかった。桃井はその表情を「愛おしい」と思った。
 桃井は黙って、に肩を寄せた。びくりと震える。お互いの体温が感じられる。

「…どうして私を好きになってくれたの?顔、とか言ったら怒るからね」
「……それもあるけど」
「あるんだ」

 ぷうと頬を膨らませる桃井に、は笑って言葉を続けた。

「やっぱり、可愛いからかなぁ」
「なにそれ」
「さつきちゃんは真っ直ぐで、女の子らしくて可愛い、だから」

 表情を正して桃井を見つめた。どき、と胸を打たれた。かああと顔が熱くなっていく。

「あ、あのちゃ…」
「私、さつきちゃんを抱きしめたいし、キスしたいとも思ってるよ?それでも、いいの?」

 勘違いだったら、止められるのは今だよ。の目はそう語っていた。桃井は唾を飲み込んだ。桃井はもう一度考えて、ちゃんと自分を分析した上で答えを出したくなった。だけど、それはを傷つける行為だ。踏み出すのを怖がっていては駄目だ。
 桃井は了承の意を込めて、の胸に抱きついた。「っ」の息が詰まるのを感じた。やわらかい胸からはどくどくと早鐘のように鳴る心音が聞こえる。心地いい、と触れ合うのは、気持ちいいと感じて、桃井は目を瞑った。


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