他人に好かれる自信は無い
真面目で大人しい、それでもって目立たないは、クラスが同じで席が隣なだけの『モデル』に告白された。その時、彼女にとって告白される理由がまったく分からなかった。全然仲も良くないし、会話だって一言二言、隣の席の為、日直で事務連絡をした事くらい。それなのに、何故?理由はすぐに、慌てた彼が付け足した。
「ちゃんは俺を特別扱いしないから」
なるほど。は色恋にあまり興味が無かった為、席替えの際隣が黄瀬でも、別段何もしなかった。嫉妬に駆られる女子達の視線が恐ろしかったから、どちらかというと、隣が嫌だな、とは思った。それが彼にとって新鮮だったのだろう。とは判断した。これは、興味本位のお付き合いの申し込みなのだ。ならキッパリ断ろう。そう思って彼女が口を開いたときだった。
「試しに、でもいいんス、俺と付き合って」
…『お試し』、なんともお得そうで怖そうな言葉だ。おもわず後ずさりしそうになるが、黄瀬を見て考えが変わる。初めてみる男子(黄瀬)の真剣そうな顔。本気なのだろうか?はさらに後ずさりしたくなるが、足が動かない。何か裏があるのではないか?彼、モデルだし、こんな顔もちょちょいのちょいとか。ぐちゃぐちゃだった思考も、その顔によってさらにぐちゃぐちゃになる。
結局は、何を言ったのか覚えておらず、気がつくと教室におり、手にはケータイの番号とメールアドレスが書かれた紙が握られていた。彼女の汗で少し、しめっている。「二人の内緒っスよ」という言葉が頭に響いていた。
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家に帰れば自分の部屋に直行。言葉を交わすとしても、一般的な家庭とは程遠い、これも事務的な会話。部屋のドアを閉じるとため息一つ。…告白された事を相談しようにも、には相談する人はいなかった。親しい友達も、優しい親も。そういう時、決まって自分って何なんだろう。と感じる。まぁ内緒だと言われたのだし、言わない方が良いんだろうが。そう思うと、まぁ仕方ない、考えるのを止めよう、と彼女は制服を着替えて、ジャージに着替え始めた。
そしていつも通りパソコンをつけて、自分が良いと思えない現実から目を背けた。
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何も変わらない。たまに挨拶するだけ、少し会話するだけに口を使う。いつのまにかこうなっていたのだから仕方ない。もう入る隙も無いし、諦めている。
だからは、真面目に勉強する生徒。としか見られていない。そんな中での黄瀬からの告白。人生は分からないものだ。しかしは、何も行動を示さなかった。現状維持が一番楽だ。そうして彼女はいつものように、己の為に人の居ない理科準備室で昼食を食べるのだった。
…ここに入れたのは、成績優秀な癖に委員会に何も入ってないおかげで、教師から個人的に理科室の掃除を頼まれたからだ。…軽く掃除をしてからなら、昼食を食べる時間は余るくらいだ。…そして理科準備室に鍵をかけて篭る。とてもステキな避難所だとは思った。
日常が変わろうとしているのに、動かずにいる彼女向かって、変化がまた歩き出していた。
「ちゃんー」
ゆっくり飲んでいたお茶を噴出しそうになるくらいに驚いた。最近聞き覚えのある、この明るい声は。…黄瀬だ。何故ここが―。は、居留守をしようとした。次に聞こえた声は切羽詰ったような声だった。
「ヤバッ!女の子達がこっち来るっス!見つかる!」
はおもわず青ざめた。ここが知れるイコール安全な昼を過ごす場所を失うという事だ。後黄瀬がここに居たら、さらに面倒くさい事になると思った。
即座に鍵を開けてドアを開いた、「え」と間抜けた顔の黄瀬の手を取って、こちらの方へ引き寄せ、すぐにドアを閉めて鍵をかける。…ぜぇぜぇ息をはきながら、その場に座り込んだ。黄瀬も座り込むと、突然笑い出した。顔をしかめる。
「あははっ…ちゃん、マジ必死すぎッス…嘘ッスよ、安心して」
…。しばしの沈黙の後、は思い切り顔をしかめた。相手に分かるように。そして涙が出そうになるのを必死で堪えた。顔を赤くして、目線をそらした。それを見て黄瀬は、ぎょっと目を丸くし、大変な事をしてしまったと、たくさん謝ったという。
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次の日の昼も、あれだけ謝ったというのに、黄瀬は避難場所に来た。女子に見つかるのを恐れたは仕方なく扉を開けてやると、黄瀬は尻尾があったら、ブンブン振りそうな勢いで嬉しそうに「ありがとッス!」と言った。騒ぐな、と言いたかったが、「どうして、また…」こんな言葉しか出なかった。それに黄瀬は、
「ちゃんが好きだから」
とさらっと言った。さすが言いなれているだけはある。恥ずかしげもなく言いやがった。はそう思った。とりあえずそれに何と反応をしていいのか分からず、無言のまま、小さな椅子に腰掛け、また食事を始めようとした。…だがご飯があまり進まない。他人がいる所(黄瀬はじっと彼女を興味津々といったように見つめている)では、あまり食べれなくなっていた。
「……」
箸を弁当箱にのせると、もう食事をする気もなくなったので、水筒を取り出した。お茶だけでも飲んでおこうという気持ちだ。
「食べないの?」
近くの、上の方から声がかかる、お前のせいで食欲がうせた。とは言えず、ただこくんと頷く。
「じゃ俺食べてもいい?旨そう」
この男、予想外すぎる。おもわず勢いよく振り向くと、にかっといい笑顔の黄瀬が凄く近くに居た。相変わらず眩しい笑顔だ。おもわずは目を細めた。
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お昼は避難所(理科準備室)、そして黄瀬に何か弁当のおかずをやるのがの日課になっていた。断れないから仕方ない。どうしてこうなったのか。本当に頭を抱えるばかりだ。
避難所では、黄瀬がに話を振るのがほとんどで、黄瀬は自分の事、バスケ部の事や、モデルの話をするのは少しだけだ。
その頃の話を少し紹介しよう。は振られる話題に最初は一言二言で、面倒くさいと思っていた。苦手だと思っていた。
「ちゃんは料理上手ッスね〜」
「…いや、別に」
今日も彼女を待ち構え、きらきらした子犬のような目で弁当のおかずを迫る黄瀬。その目に未だなれないは、諦めたように、弁当のフタと、爪楊枝を添えて黄瀬の前にさせだした。
にとって黄瀬は、話上手な為そういう事を言い慣れているのだと、何だか軽い奴だと思っていた。誰にでも言うのだろう、とか。素直ではない。(黄瀬は素直に褒めている)
しかし毎回美味しい美味しいと言われれば、誰だって悪い気はしない。少しずつ少しずつ黄瀬はとの壁を削っていく。は生身の人間と話している事に、何だか信じられないような気持ちになっていく。それが人気の黄瀬であるのもとても信じられないことだ。
そして、黄瀬の努力の甲斐あり。
「じゃあー、ちゃんはお菓子で何が好き?」
「…んと、チョコ系…かな、スナックはあんまり好きじゃないかも…油っぽくて」
「へえ、可愛いッスね!でも、まいう棒好きの紫っちがそれ聞いたら、めっちゃ怒りそう」
「紫原君だっけ…いっぱいお菓子食べてたって言ってたものね」
それから暫く経った今では、話に答えたり、おかずをあげた黄瀬の喜ぶ顔を見たら、何だかこっちまで嬉しくなるほど、黄瀬に絆されていた。やはり話し上手なのもある。一対一で人と話すと、その人とだけ話すのに集中すればいいから。多人数より楽だと彼女は思った。無口な性質だから中学校はもう悲惨なものだったな。と思い浮かべる。高校もやっぱりデビューに失敗したが、今では話す人がいるのは、とても素晴らしくて、とても有難い事に気付いた。でも、黄瀬が女の子だったら、休み時間も話せたのだろうか…。贅沢な悩みも最近しだした。後もう少しキラキラしてなかったら、ちゃんと目を見て話せるんだろうな、と思う彼女であった。
…彼は、自分に興味のない女子であったら、誰でも良かったのだろう。<自分もまた、話しかけてくれるのなら誰でも良かった。
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いつもの日課は崩さない。はそんな事があっても、ジャージを部屋着にしてネットゲームのレベル上げに精を出していた。今日も徹夜で経験値をぼちぼち上げていきながら、困っているプレイヤーの手助けを行っていた。(例えば、一人で達成出来ないクエストを手伝うとか)黄瀬と学校で話すようになるまで、これが彼女の主なコミュニケーションだった。
それは、今も変わらない。人と関わる事をどこかで求めているのか、今日も助けを呼ぶプレイヤーの所へ駆けつけた。そのプレイヤーは、ネトゲ初心者なのが見て取れた。だが、初めてのタイプ。チャラっとした、いまどきの女子中学生であった。…タイピングが遅いし、何よりパーティを組んであげ、ダンジョンをクリアした後の会話。なかなか人を離さないし、会話の内容がと無縁だったチャラいグループの中学生のもの、そのものだったからだ。
『ありがとうございます☆困ってたから黒猫サンが来てくれて良かったですッ///』
ちなみに「黒猫」というのがのキャラクター。課金装備を少し取り入れて、猫のコスプレみたいになっている。
『チョットお話してもいいデスカ?(照』
『いいですよー』
…まぁ暇だったし、いいか、異文化交流だ。いいコミュニケーションだ。と思い、OKの返事して、あ、やっぱりやめとけば良かったかも。と相手に失礼ながら、すぐ後悔する。彼女には自分の選択すら自信がない。
『わぁ有難うございますう><///アタシ、可愛いキャラ作りたくてこのゲーム始めたんですけどォッお金使わないといけないって分かってショックだったんですよう!でも黒猫サンが声かけてくれてチョット楽しいカモって?ッテカ黒猫サン、マジ可愛いですよねッッ!?やっぱり課金?しないといけないんですかぁ?苺やっぱショック><…あ、コレあたしの名前です、黒猫さんって名前なんてゆーんですか?え?名前はヒミツ?えーあたしだけ言ったのに、言わないんですかぁ?(暗黒微笑)まいいんですけど、ッテカ月9見てます??黄瀬クン、サブだけど超かっこよくなかったデスカ??↑↑あーんあたし海常突撃したい(笑)黄瀬クン、バスケ部なんですよねェだからマネとかなって?黄瀬クンにタオルとか渡して喜ばれたいっていうか?』
要約すると、あたしは苺、中学生で、高校は海常いって黄瀬クンとイチャイチャしたい、という話であった。
ネトゲする時間があったら国語の勉強をしろ、と少しイライラしたであったが、黄瀬の話題が出てきた事に心中穏やかではなかった。少なからず、自分は黄瀬と仲良くしてもらっているその事を、ポンと一言放ってしまえる状況。この子は、私の事を知ったらどう思うのだろう。と思えば思う程、胸が苦しい状態になった。
早く話が終わらないか、いや自分が急用が出来たといってゲームを終わらせれば、とは思うのだが、この子が嬉しそうに話をしているような気がして、うだうだと付き合ってしまっていた。…そんなの心をえぐるように、相手が質問をしてきた。
『黒猫サンって、なんとなく高校生か大学生?っぽいですけどーもしかして海常に近いトコいってませんか??あ、なんとなく聞いてみちゃいましたw先輩w』
は頭を抱えた。女の勘というものなのだろうか。へーふーんと適当に相槌したのが悪かったのか。…とりあえずその海常に行ってるよ(ドヤ)とかやってみたら、面倒くさい質問攻めにされるに違いない。だからは県内の高校だとは言っておいた。それでも相手の興奮を加速させる事になった。
『えー!?じゃあケー番とか誰か知ってる人いませんか!?同高のひとトカっ!!』
急にケータイに電話するのかよ。と心の中でツッコミする所だが、は冷や汗をかいた。(知ってるよ、私知ってる)画面を隔てた中学生に、恐怖を感じた。まさに私は知っている。本人から渡された紙切れに書いてある。それを私は今この机の引き出しにしまっている。ごくりと唾を飲んだ。
『知らないにきまってるよ』
いや、知っている。だけど連絡をとってみた事は一度もなかった。…そうすれば何も変わらない気がしたから。はやっぱりゲームをログアウトすると、机の引き出しを開けた。掃除するお母さんが発見して問い詰められる、なんてことも無いから自分以外誰も知らない。…は、いや、と誰も知らない訳ない。と先程の思考を否定する。何を、自分だけ特別だと感じているのだろうか。
彼には友達、女友達だっているだろう。だから私以外誰も知らない訳ではない。そう考え直すと、ふうとは息を吐く。少しは気が楽になった。だけど、胸がちく、と痛んだ。馬鹿な痛みだとは思った。…私には傷つく権利なんてない。そう思えば、どんどん自分のせいで落ち込みそうだったから、気分転換をしようと、本棚を漁ろうとした時だった。
机の脇に置いていたスマホの画面がぱっと点いた。ああ、メルマガかとすぐ目を逸らそうとしたが、件名に、彼の名前があった。