人は、自分の生きた証を残したいものだ
緑間はがまた来ている事に気付く。本人はちらと見ただけなのに、さすがに緑間を見に行くと言っただけあって、それにが気付き。ぱあっと笑顔になる。緑間は慌てて目線をそらす。
「今緑間君がみたー」
「…え?本当?良かったねー!」
桃井はノートに何やら色々書いており、時折顔をあげては練習風景を見て、またノートに向き直る。は、そのマネージャーの忙しさに、あまり喋りかけない方がいいかな。と思った。手で口をふさいで、改めて緑間を見ることにした。…時折体育館にかけてある時計を気にしながら。
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緑間は、やはりむず痒かった。他人の熱のこもった目線が自分に向けられている。…こう見えても彼は中学生だから、意識していないわけが無い。(でもちゃんと練習はこなしている)だが、決して彼女の方は向かないように、緑間は3Pシュートの練習をする。が、黄瀬の何気なく発した一言によって、緑間は本日はじめて、シュートを外すことになる。
「あれ?ちゃんいなくなってるッス」
外して、思わず彼女がいる方を見ると、ベンチには桃井しか座っていなかった。…あれだけ見る見ると言っていたのに、勝手に帰るとは、何という女だ、と怒りが沸いてきたが、何故怒ったのだ?と緑間は、自身の感情にとまどっていた。あの女をこんなにも、意識していたのか?と緑間は思った。
「緑間」
「…何なのだよ」
「桃井経由から聞いてきた、彼女は毎週、この曜日には用事があるらしい」
赤司がいつもの余裕そうな顔で腕組しながらやってきた。そして、先ほどが帰ったことを伝えた。緑間によろしく伝えて、とも。
「彼女の事で動じるようなら、練習量二倍だな?」
「動じてなど…ないのだよ」
「なら、お前はシュートを普段から外すものなんだな」
「違う!」
赤司は、くっくと笑うと、緑間の横を通り過ぎて肩を叩いた。その顔は、面白いものを見つけたように、楽しそうに笑っていた。
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一ヶ月が過ぎた。相変わらずは緑間を追いまわし、それを面倒くさそうにする緑間。という図は変わらないが、緑間は絆されてきたのか、表情はそこまで嫌そうではない。その実感はも感じているようで、毎日が楽しそうだ。
「帰るか」
「うん!じゃあ皆さん、お疲れ様でしたー!」
練習が終わり、着替え終わって歩いていく緑間の後ろを、挨拶してからトコトコ歩いてついていく。もはやこれも習慣になってしまい、自然と二人で帰るようになる。
「アイツもすっかり手なずけられたな」
「あのみどちんがね〜」
羨ましそうに、そしてどこか嬉しそうに腰に手をやり、二人を見届ける青峰。紫原はどうでもよさそうだった。
「今日も今日とで暑いのに凄いよね」
「当然だ」
「皆全中で優勝、間違いなくやるよ!これは!」
「暑い中練習しただけでその言いようか」
緑間はもうを送る道を覚えてしまった。見慣れてしまった。隣には、いつもと同じ笑顔のがいた。そのいつもと変わらない風景に緑間は安心している。ふいにその笑顔だったが真剣そうに顔をかたくした。
「真ちゃん…を全中につれてって」
「断る」
「早い!!」
「来たければ、自分で来るのだよ」
ネタにつっこまなかった緑間は、照れ隠しに眼鏡を指でかけなおす。は、そのクセも愛しいと思った。だから腕に抱きついた。
「なッ!!離れるのだよ!」
「ねー緑間君、夏休みどうするー?」
「…地区大会と勉強」
「あ、そっか予選とかあるもんね、っていうか真面目だなーさすが緑間君だ!」
6月だというのに、太陽はかんかん照って、二人に汗をつたわせる。後2ヶ月で、全中が始まる。その前には予選。それはもうそろそろ始まって…。
帝光中のバスケ部は有名だ。だからこそ応援しようと、中学では盛り上がっていて…。
(うるさい)
**
もうそろそろ予選が始まる。七月に入った頃だ。はぐったりしていた。ここ最近の暑さは半端じゃない。人が死ぬんじゃないか、とは思った。
バスケ部の応援にいきたい者の数が多く、このまま全員許可していると、定員を超えてしまう程だった。だから試合ごとに各クラスで定員を割り振るという形をとられた。
「なんてったって、今のバスケ部は歴代最強とか言われてるもんね」
「…逸材がそろっているからなのだよ」
「緑間君もねー!」
またいつものように緑間はをともなって帰っていた。歩く景色は、段々緑が青くなっていたり、虫が多くなったり、風鈴の音なんかも聞こえてくるが、根本的には何も変わっていない。と緑間は思った。こうして変わらずにがいる。そうは思っていたが、緑間は気になる事があって先ほどからそわそわしていた。
は、試合を見に来るのだろうか。もしかしたら定員で見に行けないかもしれない。聞けば分かる事だが、緑間は悶々としていた。
「なぁに、そわそわしてるの?」
「していないのだよ!!」
「そ、ならいいんだけど」
突っかかってきたは意外にもあっさり引いてしまった。この残念に思う気持ちは何なのだろう。いつもの彼女だったら、ずいずいと勝手に踏み込んでくる筈。少しの違和感を感じたが、緑間は結局応援しにくるのか聞けずじまいだった。
「暑いね、嫌なくらい、ふふっ」
の額からは汗が一つ、二つ、伝っていた。それを真っ白なハンカチで拭っては、汗がつたい、拭っては…。
(全てがうざい)
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「行かないの!?」
「折角緑間君と付き合ったのに!」
机に突っ伏していたに、先ほどの事について問い詰める生徒達。…HRで、試合の観戦を希望する者は立候補して、溢れたらジャンケンで…という先生の言葉にも、ただ机に突っ伏したままだった。他の生徒は驚いたが、そのまま事は進んで…クラスの定員に達して終了した。
「どうして、そんなやる気ないの」
「もしかして別れた!?」
(うるさい黙れ、私や彼の事に触るな)
は心の中で毒づいて、何も言わずに机に身を委ねる。…だが、ああ、とふいに顔を上げ、頬杖をついて呟いた。
「緑間君どう思うんだろうね」
「え?」
「私の事を、どう思うんだろう、酷い女って思うかな?」
「そ、そりゃ…そうじゃない?」
「何言い出してんの?」
「…はー、行きたいんだけど」
先ほどから不可解な行動ばかりとっているは、どこか深く、遠くを見ているような目をしていた。周りなんて見えてないように。
**
「予選一位おめでとう」
「当然だ」
「本当にこのまま行けば全中進出だね」
七月の半ば。夏休みの手前。本当にうるさいくらい色鮮やかな世界になったものだ。とは忌々しく思った。(青いそら、白い雲、青々とした緑、視界が熱でぼやける)
緑間と帰るのは、これで最後になる。先ほどから、は微笑んでいるが、妙に顔に貼り付けたような笑みになっている。
「…何かあったのか」
さすがの緑間でも、気付くくらい。その笑顔はいつものものではない。彼女の額につたう汗が、頬の横を通り首筋に伝う。遅れて、ん?と彼女が振り向くと、なぁに?と、やはりいつもと違う笑みで、くすくす笑う。でも、どこか嬉しそうだ。
「んー、まぁ色々ね」
「……」
何と言えばいいのか分からない。そういった表情の緑間を、くすくす笑う。
「緑間君、優しいね、好き」
「っ!」
赤面する緑間に、(ああ、やったんだ私)とは思った。その笑みは、獲物がかかった、さながら蜘蛛のよう。
「大好き…」
(この後どうやって言おうかな?彼はどう思うのかな?)
は彼に、日常に浸かっていた緑間に、非日常をプレゼントしようとしていた。逃げられないように。
(つかまえたんだもの)
しかし、ふいに顔がくしゃりと歪む。緑間のテーピングをした手が目に入ったからだ。…この事を言ってしまえば。バスケに熱を入れている彼にとって迷惑だ。でも、でも。と己の欲望と理性とが戦う。急にしぼんだ様子の彼女に、やはり戸惑っている緑間だったが、はっと思い出したように持っていたカバンを探り始めた。
「」
「!」
「…桃井が、…写真を撮っていたのだよ、お前は事情があって来れなかったみたいだから、と…」
「…え?」
緑間は一つ、封筒を差し出した。厚みがある。
は初めて苗字を呼ばれた事で喜びと驚きと、申し訳ない気持ちが生まれた。おずおずとそれを受け取る際、緑間の手と己の手が触れ合った。赤面する二人。そして封筒から写真を取り出した。
「…緑間君だ」
バスケをしている緑間の写真だ。ベンチから撮ったのだろう。少し遠目だが、きらきらしている。とは思った。それと同時に涙がこぼれた。緑間君、綺麗だ、と。
「格好良い緑間君がよく撮れてる」
「…何故泣くのだよ」
「…私ね、緑間君、私ね…」