人生はやり直せない
屋上の扉が再び開いた時には、肩がぶるりと震えた。「うわっ」という情けない叫び声と共に、黒青いのときらきら黄色いのが倒れこんできた。青峰と、黄瀬くん。聞かれていたのか?混乱しかける頭に、征十郎の声が響く。
「青峰、…さんにこれを書かせたのは、お前か」
さっきまで、何事も無かったかのような呆れた声。征十郎は演技が上手だった。「黄瀬ェどけ!」と黄瀬くんを蹴り飛ばし、起き上がった青峰はバツが悪そうな顔をした。「すまん」と謝る青峰、怯える黄瀬に、征十郎は腕組みをして仁王立ち。
「どうしてこんな真似をしたんだ」
「いや、ほら、…お前告白の手紙貰ったら、ちゃんと返事すんのかなぁって。…黄瀬も喋れよ」
「俺ッスか!!…俺に並ぶ男前は赤司っちしかいないって思ったもんだから…ね?告白されたらどう対応してるのか気になって…すませんっした!!」
「…俺に謝るんじゃない。巻き込まれたさんに謝ってくれ」
その後、わんこのような目の身長の高い男二人に謝られた。その威圧感に後ずさった。征十郎は生徒会の業務を邪魔したとして、二人に手伝いをさせる為、生徒会室に連行していった。項垂れた二人を引き連れ、屋上を出る際、征十郎はこちらをちらと見た。すぐにいつものように前を向いて出て行った。
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朝、不登校する勇気は無いので、重い足取りで学校に着く。あんな事があったのだ。…教室の居心地がさらに悪くなった。声を掛けてきた相手に挨拶しながら、自分の席につく。視界の端に、淡い色が浮かんだ。…教室の左の隅を振り返った。目を疑った。黒子君、と彼に呼ばれていた少年がぼうっとした面持ちで席に着いていた。…同じ、クラスだったのか。なんだか周りのわいわいとしている空間から浮いている。
いつもより遅く教室に着いたせいか、呆然としている間に青峰が隣の席についていた。
「おい」
「…あ、うん、おはよう」
「悪かった」
「別にいいよ」
意外にも青峰はあの時の事を気にしていたようだ。適当に返事をする。青峰は目線を落としている。
「まさかお前、あそこに居たまま赤司と話してるとは思わなかったわ」
「黒子君と話してたからね」
恨めしげに黒子君に視線を向ける。彼がいなかったら、こんな事に巻き込まれてはいなかった。彼はそんな私の視線に気付いていないのか、ぼうっと黒板を見つめている。青峰が「マジか」と驚きの声をあげる。「マジだ」と答える私。
「どんな会話したんだ?話した事ねーんだよな…」
「別に」
「…怒ってんのか?なんなら黄瀬呼んで来て土下座させようか?」
「それはやめて」
彼に迫られたなんて言えない。…あの時の彼と、今の彼は同一人物なのだろうか。今の彼は、人間らしくないというか。
やはり適当に返答すると、青峰はとんでもない事を言ってきた。彼にも重々言っているつもりだ。変に目立ちたくない。平穏な生活を送りたい、と。イケメンモデルを土下座なんてさせた日には、確実にいじめられるだろう。出来るだけ強く青峰を睨みつけてやった。
「おはよう」
今日も、ざわめいていた教室がその声で静かになる。征十郎が教室へ入ってきた。相変わらずくっついてきたクラスメイトに笑顔を作って会話する。すっかりクラスの中心人物に上り詰めている。それに対して私はクラスのモブ。今後関わりあうことがない存在同士。
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代わり映えのない授業がひとまず終わって、昼休みになった。モブだからといって、一人で弁当を食べる勇気は無い。女子グループにひそかに入り込んで、弁当を食べている。学年一、大きな縄張りといえよう。桃井さんのグループは、大勢の女子で構成されていた。私はお情けで入れてもらったにすぎない。
征十郎が他の男子と談笑しながら弁当を食べる、同じ教室、同じ範囲で私は弁当箱を開けた。桃井さんは合わせたテーブルの中心で、早速話を始めた。
「昨日さ、青峰君ときーちゃんが部活に出なかったんだよね」
「え?あんなにバスケ好きな二人が?なにかあったの?」
桃井さんも分からないのか、ふうとその可愛い顔に似合う、憂いのため息をつく。
「分かんない…。その日の部活終わりにちらっと見かけたんだけど、すごいげっそりしてたんだよね。声もかけられない感じだった」
征十郎にこき使われたのだろう。私は相槌をうちながら、弁当を食べることに集中した。卵焼きがほんのり甘くて美味しい。
「折角はちみつレモン作るって予告してたのに…怒るに怒れなかったんだよね」
「さつきちゃんの料理食べないとか酷〜い。私が食べたいくらいだよ」
「本当?じゃあ何か皆にお菓子でも作ってこようかなぁ」
きゃははは、と笑い声が響く。変わらない日常。変わらない風景。これで良い。このままでいい。
とあるゲームのパロディ。