人生はやり直せない
曇りの日だった。だが、夕方頃には晴れるようだ、とのニュースを見て、家を出る。何も変わらない日常。私はそれを愛していた。波風立たぬ、地味な女子として生きていく。それでよかった。
珍しく朝早くから青峰が学校に来ていた。隣の席の彼は遅刻の常習犯だ。何があったのだろう。クラスメイトは皆目を丸くしていた。青峰はドヤ顔を終始していたが、私にだけこっそりと教えてくれた。彼曰く、「興奮で眠れなかった」とのこと。…興奮って何だ。嫌な予感がするが、珍しく真面目な顔の青峰を見ていたら、興味の方が勝ってしまった。追求すると、青峰はこう答えた。
「…実は俺、今恋をしているんだ」
…私は一瞬固まる。こいつが?このバスケ馬鹿のこいつが?と戸惑った。…考え直そう。青峰だって恋をする時はあるのだ。友人としてここは応援しないといけない。その旨を伝えると、青峰は「じゃあ」と私にきらきらした目を向けた。
「頼む!友人を助けると思って、代筆してくれ!」
「……うん?」
「俺の字って汚ねーだろ」
「うん、読めないクラスだね」
「手紙で告ろうと思ってんだけど…。な、頼む、代筆してくれ」
本来なら、ここは自分の字でちゃんと書く方が気持ちが伝わるだろう!という所だが、本気で青峰の字は汚い。ノートを見せてもらったことがあるが、よく分からない所が多々あった。自覚していたのか。彼にしては妥当な判断だ。…先ほど青峰を「応援する」と言った私。その言葉に嘘をつくような事は出来まい。しぶしぶながら私は手を差し出した。
「…分かった。じゃあ便箋貸してよ」
「サンキュー!便箋はねーから、ノート…」
「告白する気あるの、青峰クン」
私はため息をつく。女の子に告白するのに、ノートの切れ端をラブレターにするつもりか!いくら青峰でも、女子が幻滅しかねない。(でも彼らしいとも言えるけども)意味が分からないといったように首を傾げる青峰を置いて、仕方なく、私は彼奴の為にわざわざ声をかけやすい女の子の所で便箋をもらう事にした。
その時、凛とした声で「おはよう」と言うのが聞こえた。私はおもわず振り返る。一緒に、便箋をくれた気のいい子も振り返る。
赤司征十郎が教室に入ってくるだけで、こんなに教室が色鮮やかに見えるとは…いろんな意味で。赤司の周りには花が咲いているように見える。ルックスのいい顔で爽やかな笑みをうかべている。白い制服は、まるで王子様が着ている衣装だ――なんて言ってた子もいた。私はそう言われて、言いすぎだと思っていた。だが、改めてそう意識しながら見ると、確かにそう見えなくもない。
彼が席を着くころには、男子数名、女子も数名、彼の机の周りを囲む。まさにクラスの中心人物だった。彼は微笑みを絶やさず、取り巻きに受け答えをする。
「相変わらず赤司はすげーな」
ぽおっとしだした女の子に無難な便箋を貰い、青峰の元に戻る。青峰は感心しているように声をあげた。
「眉目秀麗、運動神経抜群、学校始まって以来の天才だもんね。私達と違ってねぇ」
「びも…?…運動神経は負けてねーぜ。寧ろ勝ってる」
「まぁそうだけど…」
「だけどってなんだよ。後その目」
確かに青峰は格好いいし、運動神経もあるけど、なにか違うと思う。根本的に。…それが隣人として、私が過ごしやすい訳でもあるのだけど。目線を机に向けると、手紙を早速書くことにした。
「後でお礼してよ」
「あー…わーったよ。いつか部活がねー日でもマジバ奢るわ」
「…いつになるやら」
「あ、名前かかなくていいぞ」
「えー?いいの?」
**
最後の最後まで青峰の手助けをするとは。仕方ないけど。他の子にも頼まれたらやってるけど。私は授業が終わってすぐに、屋上へ行くドアまで向かった。鍵がかかっているのだが、そこらへんは大丈夫。押し付けられた美化委員になったおかげで、屋上に資材を置く為の鍵を貰っているのだ。目的は違うけど、…大丈夫だ。合鍵も作られてるっていうし、先生達が屋上の使用を禁止している訳でもないし。早速鍵を開けようと、鍵を刺し、ドアノブを回す。だが、カチャ、というあの感触がない。先客でもいるのだろうか。…だとしたら、青峰の為に帰ってもらわないと…。もし告白してる現場にでもいたらどうしよう…。おそるおそるドアを少し開ける。だが、誰もいない。今度はちゃんとドアを開く。
「…おかしいなぁ」
少しだけ歩いて周りを窺うが、見晴らしのいい屋上には隅に資材が置かれている他何もない。…もしかして、幽霊の仕業?ここの噂は他にもあるけど…。まさかね、今は夕方だし、そんな訳ないよね。振り返ってこの場から立ち去ろうとした時、私は目を見開く事となる。
淡い青色の髪の少年が、私の入ってきた真上の屋根に乗っていた。上から、私を見ていた。でも、それはどこを見ているのか分からないものだった。私を通り越して何か見ているような。髪の色と相まって、彼の存在さえも淡いものに見える。瞬きしてしまったら、消えてしまう気がする。
この学校の屋上には二つの噂がある。一つは、この屋上でキスしたカップルは永遠に結ばれる、というロマンチックなもの。もう一つは、屋上には幽霊の少年が、出る。
そう考えてしまったら、足が固まった。少年は音もなく屋根を飛び降り、屋上の地に立つ。そして私に近づいてくる。その透き通った目で、私を動けなくさせているのか。
「キミは…」
もう距離は目と鼻の先。彼の吐く甘い息に、力がなくなる。私はしりもちをついて、ゆっくりと彼を見上げた。不思議そうな表情の彼もしゃがみこむ。私の顔を覗き込む。
「ボクの事を、好きになってくれるんですか?」
「え…」
そっと重ねられた手は、ほんの少し暖かかった。それに、骨ばっていて私の手と違う。彼の顔が近づいてくる。力が抜けた体では動くことも出来ない。少年がぱちりと瞬きをする。何か言わなければ…。
▼好きにはならない
「急に好きとか…無理だってば!!」
「…そうですか」
咄嗟に目を瞑って唸るように声を絞り出した。すると、顔をひっこめる気配。恐る恐る目を開けると、至近距離ではなくなったが、無表情の少年は私に身を乗り出す姿勢を解いていなかった。そのままじっと私を見ている。…ど、どうしよう。
「じゃあ友達から始めさせて下さい」
「え…?と、とりあえず、ど、どいてよっ…」
「……」
「お前達、何をしてるんだ!」
少年と私は突然の怒号に、声の方を向いた。そこには眉間に皺を寄せた、征十郎が立っていた。視線を受け止めると、つかつかと私達の方へ向かってくる。
「黒子…!お前、に何をしてるんだ」
「彼女と仲良くなろうとしてたんですが…」
「何…!?」
しゃがんだまま少年、黒子君は臆することなく征十郎にまともじゃない返答をした。征十郎がさらに眉間に皺を寄せる。私は何と言っていいのか分からず、二人のやりとりを交互に眺める。
「…そんなに怒って、キミは、彼女のことが好きなんですか?名前呼びだし」
「ちょっ…君!?」
「…君に答える義理はないな」
何聞いちゃってるのだ、この少年。私は顔が青くなっていくのを感じる。征十郎は顔を見るのも嫌になったのか、フイと黒子から顔を背ける。
赤司征十郎と私は幼馴染だった。昔は仲良く遊んでいた。だけど、いつからか私達は距離を置いていた。征十郎はどんどん才能を開花させていき、皆の憧れの存在になるのに対して、私は平凡に、地味に、生きていた。そもそも住む世界が違っていたのだ。
ぼんやりそんな事を思い返していると、征十郎は続けて口を開く。
「僕らは相思相愛なのだから」
「は?」
「そうなんですか?」
黒子君と疑問の声が重なる。私は恥ずかしげもなく事実を捏造する征十郎を凝視した。極めて真面目な顔である。
「幼い時から、結婚を約束していたんだ。…そうだろ?」
「…は、はい…?」
「…幼馴染ですか」
頭が混乱している。何を言ってるんだこの人は。黒子君も黒子君で、「ほう」といったように顎に手をあて、じいっと征十郎を見ている。
「だったら君が先なんでしょうね」
「先?」
無表情のまま黒子が意味不明な事を呟く。私はおもわず言葉を聞き返す。しかし、黒子君はそれを無視した。「すみません、急にこんな事をして」と立ち上がり、私から一歩引く。よく分からない人だと思ったけど、それをしつこくしないで、意外とさっぱりしている。
「…すまないが、黒子は席を外してくれないかな」
「そうですね。ボクは邪魔なようです、では」
「な、何だったんだ…」
すたすたとドアを開けて嵐は去っていった。呆然としていたが、居心地の悪さに気付く。私も去ろうと彼の隣を通ってここを出ようとした所、征十郎が私の腕を掴んだ。
「な、何」
「とぼけるな。お前が、その、俺を呼び出したんだろう」
「はぁ?何言って…」
「これはお前の字だろう」
征十郎は昔のような素の表情を顔に出していた。普段は人に爽やかな表情しか見せない癖に。私の前では偉そうな顔をしている。何かろくでもない事が起きそうな気がする。
征十郎はきちんと畳まれた紙をポケットから取り出した。それを広げて、私に見せてきた。私は顔をしかめた。それは青峰が私に代筆させたラブレターではないか。…青峰、まさかお前、征十郎に告白するつもりだったのか!?…いや、偏見は無いつもりだったが、まさか隣の席の人間がゲイだとは思わなかった…。私が衝撃を受けている間に、征十郎も私の顔をみて、表情を固くした。
「…違うのか?」
「い、いや…確かに私が書いたけど、それは――」
「俺は、お前が」
時間が止まったかのような錯覚に陥る。征十郎は、私をしっかり見据えて、私に告白をする?いや、ないないない…。この完璧主義者が居ても居なくても変わらない存在の、私を好きになるなんてことは、無い。そう自分に言い聞かせる。ただでさえ平穏の為に彼に関わらないように学校生活を送っていたのだ。それを崩されたら、私は――。それに、青峰だ。青峰は、征十郎の事を想っている筈だ。思い出したように青峰の事を察した私は、彼の言葉を遮るように言葉を放った。
「それ、青峰に頼まれて代筆したんだよね!」
「…は」
「で、頼まれて扉開けに来た所に、黒子?君と出会っちゃって…。助けてくれて有難うね!あれ、私を助ける為の演技だったんでしょ?」
肯定しろ。私の必死の形相が征十郎に伝わったのか、彼は、押し黙って、頷いた。…彼の辞書に敗北、失敗という文字はない。これからも載せる気のない彼に、こんな所で躓いて欲しくなかった。お互いこれで、さっきの事は無かった事になるのだろう。これで、いいんだ。
とあるゲームのパロディ。